見出し画像

【追悼手記】浅丘ルリ子「渡哲也くんと裕次郎さんと私」

「ブー姉(ねえ)、ごめんなさい。ちょっと体の調子があまりよくなくて。今度の食事会は延期させてください」

6月に、律儀にかかってきた電話が、渡哲也さんと女優・浅丘ルリ子さんとの最後の会話になった。本当に弟のような存在だったという渡さん、そして石原裕次郎さんとの日々を振り返る。
/文・浅丘ルリ子(女優)

画像1

浅丘ルリ子さん ©石塚康之

「ブー姉」と「テッチブー」

「ブー姉(ねえ)、ごめんなさい。ちょっと体の調子があまりよくなくて。今度の食事会は延期させてください」

6月に、彼らしく律儀にかかってきた電話が、渡哲也くんと私との最後の会話になりました。

私が日活にいた頃からですから、60年近い付き合いです。私の本名である信子にちなんで、みんな私のことを「ブーちゃん、ブーちゃん」と呼ぶんですけど、渡くんだけは「ちゃん」でなく「姉」と呼んで慕ってくれました。私も彼のことは哲ちゃんと言わず「テッチブー」と呼んでいました。あの頃からずっと「ブー姉」と「テッチブー」。互いにブー、ブー、呼び合いながらやってきたんです(笑)。

最近はたまに電話で話をするだけだったんですが、7月に久しぶりに一緒に食事をする予定でした。コロナのせいでNHK大河ドラマの撮影ができなくなったため、過去の大河ドラマの名シーンを振り返る番組が6月から何本か放映されたでしょう。竹中直人くんが主演した「秀吉」の回をたまたま見ていたら、織田信長を渡くんが演じていて、「えっ、こんなの私知らない。信長はいろんな役者がやっているけど、渡くんのが一番じゃない?」って思ったんです。「これ、リアルタイムで見たかったな。どうして見られなかったんだろう」と思って、すぐ渡くんに電話しました。

「テッチブー、すっごい織田信長が素敵だった。私、知らなかったから、ごめん、どなたがやるよりも映ったあなたがすごくよかった」といきなりまくしたてたら、「ああ、ブー姉に褒められるの、一番嬉しいです」と。それで「一度会いたいんだけど、どうしたら会えるの」と言ったら、向こうから「ご飯食べに行きましょう」と提案してくれたんです。その場で日にちも決めました。ただ、渡くんも私と2人だけだと少し恥ずかしいかもしれないからと、日活時代によく共演していた松原智恵子も誘ったんです。

画像4

松原智恵子さん

でも、しばらくして「ごめん」と電話がかかってきた。

「ああそう、わかった。じゃあ延期しましょう。テッチブーの調子が大丈夫になるまで、待ってるからね。よくなったら電話ちょうだい」といって別れました。

ずっと公に姿を見せず、体調不良が続いていたことは知っていました。

でも、あの時かかってきた電話は病院からではなかったようでしたし、本人の声もいつも通りだったから、そのうちまたかかってくるだろうと気楽に待っていたんです。

そうしたら8月14日に智恵子から電話があり、「渡さんが死んじゃった」って。え、ウソでしょ? とすぐにテレビをつけたら、8月10日に都内の病院で肺炎のために亡くなったと伝えていました。

あんまり悲しくない

既に葬儀は家族ですませたと報じられていたので、私は、ああよかったと思いました。渡くんは会ってもプライベートの事は全く話さなかったので、私は彼に奥さんがいらっしゃるとか、子どもがいるということも知らなかった。もし一人だったならかわいそうだったけど、ちゃんと周りの人たちが見送ってくれたのなら、それが何よりだと思って。

ここから先は

6,089字 / 3画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください