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「羽生結弦が僕を高みに連れていく」最大のライバル、ネイサン・チェンの告白。

羽生結弦の最大のライバルというべき存在――それがネイサン・チェンだ。昨年12月に行われたGPファイナルでは、日本が誇る絶対王者・羽生を破り、王者に輝いた。今回、名門イェール大学に通う20歳に独占インタビューを行った。/ネイサン・チェン(フィギュアスケーター)

ユヅはプッシュしてくれる「強いライバル」

 昨年12月のGPファイナルは、僕にとっても特別な戦いでした。あの大舞台でユヅ(羽生結弦)と戦う機会に恵まれたのは、3シーズンぶりのことだったからです。

 フリーの演技終了後の記者会見でユヅ自身が言っていましたけど、自分をプッシュしてくれる「強いライバル」がいることはすごく健全なことだし、自分自身がより高い地点を目指すための素晴らしいモチベーションになります。逆に、こうした緊張感がないと競技自体が、少し退屈なものになってしまうでしょうね。

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羽生結弦を初めてGPファイナルで破った

 僕らより上の世代のユヅが、こうして、未だに男子フィギュアスケート界全体をプッシュしてくれているのは、とてもありがたいし、本当に感謝すべきことだと思っています。

 ユヅが出場したことによって、大会全体のレベルが上がったのは間違いないでしょう。ユヅがいるだけで、会場の空気が変わるんです。彼が、タイトルを取り戻すために全力を尽くしてくるであろうことはわかっていたので、僕も他の大会とはまた違った意識を持って、この大会に挑みました。そのプレッシャーは僕にとってすごくエキサイティングだったし、より大会を充実したものにしてくれたと思います。

2019年12月5日からイタリアのトリノで開催されたフィギュアスケートのGPファイナルで、米国のネイサン・チェン(20)が羽生結弦(25)を破り、3連覇を果たした。チェンはショートプログラム(SP)で2度、フリーで5度、合計7度の4回転ジャンプを成功させ、男子の歴代最高点を更新(335・30点)。五輪2連覇の王者・羽生にとって目下、最大のライバルと言っていいだろう。

 チェンは18年9月から米国コネチカット州にある名門イェール大学に通う。難関のアイビーリーグで寮生活を送りながらも19年3月に行われた世界選手権を含め、大学入学以降に出場した全試合で優勝。まさに「文武両道」を地でいく存在である。

 今回、良いスコアを出し、3年連続で優勝できたことは僕にとって誇らしいことです。しかし、それ以上に嬉しかったのは今シーズン初めてSPとフリーの両方をノーミスで滑ったことでした。

 この大会に来る前に、少しだけカリフォルニアに戻り、ラファエル(・アルトゥニアン・コーチ)と集中してトレーニングできたことが、すごく僕の助けになりました。

 普段はカリフォルニアにいるラファエルと携帯ビデオで連絡を取り合いながら、イェール大のキャンパス内にあるホッケーリンクと郊外のアイスリンクで、自主トレーニングをしています。

 キャンパスでは「今日は45分(ホッケーリンクの)氷が空いてるけど、使う?」というような状態でトレーニングしていましたから、ラファエルはもちろん、アシスタントコーチのナディア・カナエワなど何人ものコーチに見守られながらわずかな期間でも、毎日決まった時間に、規則正しいトレーニングができたことは、本当に有意義でした。

 またカリフォルニアでは、マライア・ベルのように同じコーチに指導を受ける仲間が一緒に氷の上にいます。そのことで、また練習の雰囲気も変わります。ラファエルは、僕が独りで自主トレしていけるように鍛えてくれました。しかし、本当は仲間たちと一緒にトレーニングできる環境を、僕は恋しく思っていたんだと、今回気付かされたのです。

将来は医者になりたい


 11月に行われたフランス杯の2週間後にあった大学のテストは、何とかパスできました。今度もまた大きな試験があるのですが、まあなんとかなるだろうと思ってます(笑)。子供の頃から僕は勉強よりはトレーニングに多くの時間を費やしてきたので、大学の授業はスケートよりもはるかに大変です。

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 しかし、僕の同級生も大学のスポーツチームに入っていたり、環境問題に取り組む団体に所属していたり、結構みんな勉強以外の活動で忙しい。みんな学業とそれ以外の活動とを両立させている。僕だけがそれほど特別な立場にいる訳ではないので、頑張らなくてはと思います。

 今学期は3科目を受講しています。授業そのものは週に10時間ほど。2年生になって授業のレベルも上がり、レポートや宿題に昨年よりも時間がかかるようになりました。スケートの練習は週に6日、大体1日に2〜3時間です。

 僕が今専攻しているのは、「統計学」と「データサイエンス」です。またポストバックと呼ばれる、医学部に行く前の段階の学部の生徒が取る科学の専門コースもいずれ取るつもりでいます。これは終えるまでに大体1〜2年かかります。

 今のところ、僕は将来医者になりたいと思っています。

 医学に興味があるのは、家族の影響もあります。僕の両親は、中国からアメリカに移住してきました。母は医療関係の中国語と英語の通訳で、父は医学博士号を持ち、バイオテックの会社の経営者をしています。そして、母方の祖父母は中国で軍医をしていました。家族の多くが医学関係の仕事についています。

 だからこそ僕も医学に興味があるのですが、でもその分野が僕自身が本当に生涯かけてやりたいことなのかどうかは、実際にやってみないとまだわからない。まずは勉強してみたいというのが今の心境です。

 僕には両親、それから2人の姉と2人の兄がいるのですが、彼らも僕をよくサポートしてくれます。特に母とは週に1度は連絡をとって、アドバイスを受けています。

スケートより重要なこと

 イェール大学で勉強をしはじめてから、新しい世界が開けました。世の中はスケートが全てではないという当たり前の現実を実感し、気持ちが楽になった部分もあります。学生のおよそ80%はフィギュアスケートがどういうスポーツなのか全く知らない。当然僕のことも知らないし、オリンピックを連覇したあのユヅのことすら知らない学生も多い。

 スケートは長い間自分の人生の中心にあったことなのに、世の中の人々の多くは興味がないという現実に、最初はちょっとびっくりしました。大学がある種の社会の縮図だとすれば、アメリカ社会全体の平均も大体そんなものですよね。でもだからといって、自分の中でスケートに対する想いが小さくなったわけではありません。

使用_20180322BN00317_アーカイブより

 世の中にはスケートよりももっと重要なことに取り組んで、大変な苦労を日々している人も大勢いるという現実を改めて実感したんです。自分ももっと人間的に幅広く成長したい。そして将来的には、広い意味で社会に貢献したいという気持ちを持つようになりました。

ユヅのようにはできない

 そういう変化のためかもしれませんが、フィギュアの試合に向かう気持ちも以前とは少し変わってきました。もちろんベストな演技を見せたいと常に思っていますが、たとえミスをしてしまっても「この世の終わりではない」という気持ちが根底に芽生えるようになったのです。

 以前はもっと、絶対に勝ちたいという気持ちを前面に出して試合に向かっていました。ユヅはまさにそういうタイプの選手で「絶対に勝ちたい」という気持ちを前面に出すことで驚くような力を出すことができるのです。

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羽生選手

 しかし、僕はそうやって自分を奮い立たせるということが、性格的に向いていないと最近わかってきたのです(笑)。闘志を前面に出せば出すほど、気持ちが空回りして身体をうまくコントロールすることが難しくなるのです。だから氷の上で演技をしている間は、その一瞬、一瞬を存分に味わって、何が起きようとも楽しむ気持ちを忘れないように滑るようにしました。僕の場合はそれで大体うまくいくようになりました。

 人生全体から見れば、アスリートが競技に出場できる期間というのは限られたものです。だからこそ、一つ一つを大事な体験として楽しみ、自分が成長していく糧に使いたいと思うようになったのです。

 チェンは世界で初めて、5種類の4回転ジャンプを試合で成功させた。19年のGPファイナルのフリーでは、羽生も4回転ジャンプを5度成功させた。だが、そこで満足することなく、羽生は更に高難度である前人未到の4回転半(クワッドアクセル)にチャレンジしている。目まぐるしい速さで進歩するフィギュア界はどう進化していくとチェンは考えるのか。

 僕の次の世代は、まだ子供のうちから4回転を練習して跳んでいます。僕の世代は、ジュニアの頃はまだトリプルアクセルがもっとも難しいジャンプでした。でも1人が4回転を演技に取り入れ始めたら、短期間の間に、みんなが4回転を練習するようになってきました。

 このわずか数年の間に、中国のボーヤン(・ジン)が4回転ルッツをコンビネーションで跳び始め、ショウマ(宇野昌磨)が4回転フリップを初めて試合で成功させるなど、どんどん4回転の種類が増えていきました。そしてユヅが4回転ループを世界で初めて試合で成功させた。

 これから先、男子フィギュアスケート界はもっとジャンプのレベルが上がってくるだろうと思います。どこまで行くかはわからないけれど、人間の身体はもっと難易度の高いジャンプを跳ぶことができる可能性を持っていると思います。

 公式練習で見ましたけれど、ユヅのクワッドアクセルは、回転がもうあと少し足りないだけでほとんど完成に近づいてました。あと何回か練習すれば、きっと試合で信じられない大技を成功させるでしょう。

 そして、そんなユヅの演技を見た子供たちは、クワッドアクセルは夢ではなく、現実に可能な技だと思ってトレーニングするようになるでしょう。そうして、また進化した次の世代が育っていくのです。

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