特別な数字|中野信子「脳と美意識」
見出し画像

特別な数字|中野信子「脳と美意識」

★前回の記事はこちら
※本連載は第35回です。最初から読む方はこちら。

 私たちは数字にとても影響されやすいし、騙されやすい。数字を見るとそれだけで、なぜか納得してしまったり、反論する気をなくしてしまったりするのだ。100という数字にはことさら、その魔力が強く与えられているようでもある。

 100は、数字であって数字ではない。今は億万長者というが、昔は大金持ちのことを百万長者と呼んだ。百は富の象徴であり、豊かさを表すイコンであった。百人力、などという表現が――現代では少年向けの漫画の登場人物のセリフなどにあらわれるだろうか――に使われることがあり、これも「きっちり100人のパワー」というわけではなく「強大な力」という意味で使われている。

 100は、多様性を表す数でもあった。「百花繚乱」と言えば数えきれない種類の花が咲き乱れている様子を表した言葉であり、「百獣の王」と言えば、あらゆる獣のうちで最も強いもの、という意味である。「百科事典」も項目が100個の事典というわけではない。

 100は、特別な意味を持たされている、私たちにとっては数字であって数字ではない何かなのだ。

 科学と論理の支配する世界に私たちは住んでいる、と多くの人は思っているかもしれない。けれど、意外にも私たちの脳における思考は科学にはあまり向いていないし論理を好むわけでもない。むしろ正確で遅い論理的思考よりも、おおざっぱに捉えて迅速に判断する、直感的な思考を好むシステムである。

 そして、数字は、それを後押しする。数がそこにあるとき、私たちは科学的に思考する力や、論理的に検証しようとする手間を、省略できるように錯覚してしまうのだ。

 100であれば、先にあげた例以外にも、私たちは「区切りが良い」とか「ぴったりだ」という感覚をなぜか覚えてしまう。よく考えてみれば、数学的には別に特殊な数というわけでもない。その前後の間隔が空いているわけでもないし、特別だというなら他にもいくらでも特別な数字はある。100は別に、ほかの数ととくに価値が変わるわけではないはずなのだが、不思議なことに00で終わるだけで、人々がそれを特別に感じる、というのが、もうそれだけで面白い。

 例えば256や6174だってそれなりに興味深い数字であるといえる。256は16番目の平方数である。16進で表記すれば100となる数だ。10進数と16進数のどちらが合理的かについて、一度は数に興味のある人なら誰でも議論したことがあるんじゃないかと思うが、10進数の合理性を支持する根拠が薄いとこれも一度は、少なくとも理系の学生であれば考えるものだろう。私たちの指が5本でなく8本あったらもっと合理的な脳になったんだろうか、とも。16進数がベースの認知構造ができていたら、私たちの生活はどんな風に変わっただろうか、と想像するのも楽しい。256年ごとに100(16)周年を祝うことになるだろうか。

 また6174は、4桁の整数で唯一のカプレカ数だ。カプレカ数というのは、ある整数の数字を並べ替えて、最大にしたものから、並べ替えて最小にしたものを引き算する、その操作の結果が元の数字と等しくなるもののことをいう。

 たとえば6174なら、数字を並べ替えて最大にした7641から、最小の1467を引く。すると、答えが6174になる。カプレカ数には別の性質もある。ここで、あなたの好きな4桁の整数を選んでもらおう。そして、その数字について、先程の操作を繰り返す。つまり、最大の数になるように桁を並べなおした数字から、最小の数になるように桁を並べなおした数字を引くのである。そして、この操作をずっと繰り返していく。すると、いつのまにか、6174または0になってしまう。どんな数を選んでも、4桁なら必ずこうなる。

 さて、私たちはなぜ10進数を採用しているのだろう。前述したとおり、コンピューターを使うには16進数の方が都合がよく、時間や年月を測り、区切っていく上では12進数の方が使いやすい。それなのに、なぜか私たちは意外と使いにくい10進数を、わざわざ採用しているのである。

 これは私たちの指が5本だからだ、というのが通説ではある。たまたま5本の指を持っていたがゆえに脳がそれに従わされて、私たちの数覚もそのように形作られてしまったのだ、となると、なぜ5本の指なのか、と学生時代の私たちはどことなく残念な気持ちになってしまったものだった。

 しかし、我々の指の5という数には生物学的な理由がなくもないのである。例えばウニもヒトデも5を基本とした腕や棘によって自らの生命を守っている。ペンタゴンや五稜郭や刑務所などでも5を使った建築様式である。5は危険に満ちた世界から自分を守り、未知の世界を戦って切り拓くための数である。文字通りの「基地」として、私たちの脳はこの数を採用した。それを両手に備えて10となったその数の世界を、私たちは生きている。

(連載第35回)
★第36回を読む。

■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
文藝春秋digital

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に、一流の作家や知識人による記事・論考を毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記事読み放題&イベント見放題のサービスです。