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「在野研究」はジャーナリズムの代替にならない|辻田真佐憲

★前回の記事はこちら。
※本連載は第24回です。最初から読む方はこちら。

「昔の成功したライターは年収1000万円」。先日そんな話を聞いて、なるほどと膝を打った。いきなり生々しい話で恐縮だが、これは、大学常勤教員の年収とほとんど変わらない。ジャーナリズムとアカデミズムは、経済的な点でも、かつて並立していたのだなと思ったのである。

 ここでいうジャーナリズムとは、新聞記者などで構成される狭義のそれではない。日本の近現代史を例に取れば、ノンフィクション作家や昭和史研究者などと呼ばれる書き手が、出版メディアを舞台に盛んに活躍していた世界をいう。この広義のジャーナリズムが果たした役割は、資料の発掘、インタビューの実施、仮説の構築などで、アカデミズムのそれにけっして劣るものではなかった(詳しくは、拙稿「歴史に『物語』はなぜ必要か」『教養としての歴史問題』を参照されたい)。

雑誌に連載を持つ著者だけど、もう限界かもしれない」という匿名記事が話題になる今日では、隔世の感だろう。比較的恵まれていると自認する同記事の執筆者でさえ、「やっと年商が300万~500万になる。しかし、今年は300万を切るだろう」と告白するくらいなのだから。

 ゼロ年代以降、出版不況により、雑誌が減少し、ジャーナリズムの書き手は徐々に居場所を失い、貧困化していった。そしてその一部は、流行りの愛国ビジネスに活路を見出すようにもなった。「あの人、なんでいつの間に愛国者みたいになっているの?」という声は、この業界の周辺では珍しくもない。

 これでは、若い書き手が出てくるのもむずかしいだろう。事実上、ジャーナリズムの道は絶たれ、残されたアカデミズムの道に進んでも、そこはそこで、就職口がなく、またしても貧困化に直面してしまうからだ。そしてツイッター上の論壇モドキは、あまりに虚しい。

 その延長でいえば、昨今よく聞く「在野研究」は、ジャーナリズムの代わりにはけっしてならない。両者は似ているようで、まったく異なる。少なからぬ「在野研究者」は、大学の常勤ポストを与えられれば、喜んでいまの地位を投げ捨てるのではないか。仮に就職するにしても、「こっちは本業じゃない」という気構えも薄かろう。これでは、アカデミズムの下位互換にしかならない。

 ジャーナリズムはアカデミズムと並立しなければならない。アカデミズムにはない強みをもたなければならない。それは、一言でいえば、自由である。時間のそれだけではない。テーマ選びのそれでもある。ジャーナリズムの書き手は、なにを書いてもいい。細分化された分野や、張り巡らされた派閥や、面倒に絡まりあった人間関係をどんどん踏み越えてもいい。

「特定の人に特定のテーマを書かせ続けるのはやめたほうがいいと思う。北朝鮮問題を、この人が書くのかとあっと驚かせるくらいのことをしてほしい」。西尾幹二は、かつて筆者のインタビューにこう答えた。本連載では、初回より良質な評論家の重要性を訴えてきたが、そのような存在も、ここで述べられているような自由な場所からしか生まれないだろう。

 たしかに今日、活字の原稿料や印税だけでそれなりの収入を確保するのはむずかしいかもしれない。ただ、日本にせよ、世界にせよ、経済自体は膨張しており(コロナ禍で予断を許さなくなっているとはいえ)、資本はどこかに存在する。それを獲得するためならば、ユーチューブでも、オンラインサロンでも、アフィリエイトブログでも厭うべきではない。そういう強かさこそが、ジャーナリズムの足腰を鍛える。雨乞いの儀式のように、「補助金、補助金」と唱えている場合ではない。

 遺憾ながら、このような新しいメディアは、むしろ怪しげな愛国ビジネスの類に利用されてしまっている。もっとさまざまな人間が参入するべきだ。ジャーナリズムの健全性は、絶え間なき新規参入と試行錯誤によって確保されるのだから。

 そしてそれは、なにより経済的な苦境を脱する道でもある。今日でも、少し工夫するだけで、先にあげた匿名記事のような状態には陥らない。本当に憎むべきなのは、自由な言動を縛る、硬直した権威主義なのである。

(連載第24回)
★第25回を読む。

■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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