平松博利 最高の料理をつくるために
文・平松博利(料理人)
大切にしている言葉がある。陶芸家・河井寛次郎の「此(この)世は自分をさがしに来たところ。此世は自分を見に来たところ」(『いのちの窓』東方出版)というものだ。私はまだ自分を見つけ切ったとは思っていない。
18歳でフランス料理の世界に入った。パリに出店した小さなレストランが、日本人で初めてフランスのミシュランの星を獲得したのは50歳のときだ。
6月で70歳になったが、今もコックコートを着て厨房に立つ。私のつくったメニューで料理を供するガラディナーは、毎回、東京・広尾にあるレストランひらまつの65席がすぐに予約で埋まる。
日本ではフランス料理は重たいというイメージがあるが、私の料理は軽くて純度が高い。博多店に来られたお客様が「軽くて驚いた」とおっしゃったあと、締めのラーメンを食べに行かれたほどだ。そのためか、お年を召しても通ってくださっているお客様は少なくない。昨年はそんな40年来の常連のお客様が92歳で旅立たれた。晩年まで私の料理を楽しみに通ってくださった。
料理のルセット(レシピ)は残さずどんどん忘れていくが、お客様からのリクエストでつくり続けている料理が3つだけある。フォアグラのキャベツ包み、仔羊のロースト、桃のコンポートだ。それ以外は全て毎回新しくルセットを書く。新しい料理はいつも自分の中から湧いてくる。もし、あなたにとって最高の料理は? と聞かれたら、「明日つくる料理」と答えたい。そういう思いで料理をしてきた。
かつて、料理を作るだけにとどまらず、高級レストラン、カフェ、レストランウェディングに取り組んだ。一定の事業規模があれば、高級レストラン事業もビジネスとして成立すると証明したかったためだ。1、2店舗も持てば精いっぱいという料理界の常識に対して、違う世界もあることを指し示したいと思ったのだ。
現在は会社から離れ、広尾の本店を仲間と8人で経営している。経営者だった頃はトップダウン型だったが、今は合議制だ。若い仲間たちとのフラットな関係が気楽で気に入っている。原価にもシビアにならなくていい。ガラディナーでは利益率を度外視して材料とワインを仕入れる。楽しくてたまらない。
最近は、彼らに店を週休2日制にしてはどうかと提案した。シフト制で全員が週2日の休みをとってはいるが、全員で揃って休み、揃って働く方がチームワークにとってプラスなのではないかと思うためだ。
経営から自由になって、2つの出会いがあった。ひとつは京都で8席の和食の店を若い料理人と一緒に始めたことだ。フランス料理の世界で50年やってきたが、和食の世界を通して発見をする日々だ。出汁を引くにしても、フランス料理の技術でやろうとすると、魚の骨を焼いて濃厚な出汁を発想するが、若い彼の引く出汁はさっぱりとしていて、私の引く出汁に比べて薄い。こうした和食とフランス料理の違いを知るのはおもしろい。
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