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【カインズ】M&Aを経ず自主独立路線を歩む“ホームセンターの雄”成長の秘密

28都道府県に約230店舗を展開し、年商は4400億円以上。一大ホームセンターの成長の秘密に迫る。/文・樽谷哲也(ノンフィクション作家)

<この記事のポイント>
●カインズ会長の土屋裕雅は、創業者の長男で54歳。昨年、社長を高家正行に託したばかり
●カインズは、競争が激しいホームセンター業界でM&Aを経ず自主独立で成長を遂げてきた
●製造小売り(SPA)とデジタル化を進めている矢先、コロナ禍に。世の中に先んじる英断となった

一大流通企業グループ

8月半ばの酷暑の午後、灼熱のフライパンのようなアスファルトを歩いて、日本の流行とファッションの最先端、東京・表参道の交差点よりほど近い洒落た3階建てのオフィスに向かうことから、探訪は始まった。

その真新しいオフィスを「カインズ イノベーションハブ」といい、ホームセンター業界トップで「IT小売業」へ変革すると宣言しているカインズが優れたエンジニアやWEBデザイナーを集め、最新の情報を発信する拠点として今年1月に開設した。ハブとは中心地といった意味合いで、イノベーション(技術革新)をここから巻き起こしていく態勢を築いたということであろう。

2、3階がオフィスで、ふだんは30人ほどのエンジニアらが働いている。通りに面した1階は商品展示スペースなどを兼ねたカフェとなっているが、コロナ禍の影響でご多分に漏れず、自主休業を余儀なくされていた。壁面はガラス張りとなっていて外から中が見える。灯りがすっかり落とされ、人影はまったくない。

路肩のわずかな日蔭で時を待っていると、従業員通用口の鉄製のドアが内側からするっと開き、よく日焼けした偉丈夫が汗を拭(ぬぐ)いながら「暑いでしょう。どうぞ入ってください」と気さくに招じた。ガラスの向こうから、間抜け顔で突っ立つ私の姿を認めたらしい。

この好漢こそ、28都道府県に約230店を展開し、4400億円以上の年商を誇るカインズを率いる代表取締役会長の土屋裕雅、54歳である。創業者の長男で、35歳から17年務めた社長の職を、昨年、自ら社外よりスカウトした高家正行に託したばかりである。

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表参道のオフィスにて。

身長180センチ。早朝に5キロほどのジョギングを日課としていると聞いていたから、浅黒い健康的な顔をしていることにも得心がいく。

カインズの現在の本社は埼玉県本庄市に置かれているが、群馬県前橋市に本社のあるベイシアを母体とする。スーパーマーケットやショッピングセンターなどを展開するベイシアのグループ会社と聞いて、ピンとこない読者諸賢も恐らく少なくなかろう。カインズに、さらにワークマンとつづいたら、どうであろうか。いまや“作業服のユニクロ”と呼ばれて人気を博すワークマン、ワークマンプラスのほか、コンビニエンスストアのセーブオン、自動車用品や家電の専門店チェーンなどを擁する一大流通企業グループなのである。

カインズも、2012年に上越・北陸新幹線の本庄早稲田駅前に新社屋を竣工するまでは群馬県高崎市に本社を置いていた。

「いまの本社の住所こそ埼玉県ですけれど、社屋の目の前にある利根川の向こうは伊勢崎市ですし、実態は群馬の会社だと思ってください。社としてJリーグのザスパ(ザスパクサツ群馬)を応援していますしね」

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本社。屋上からは上毛三山を望む。

グループと呼称できるが、ベイシアとカインズは兄弟会社にあたる。カインズは第1号店のオープンから11年がたった1989(平成元)年に分社独立している。

ベイシア、カインズともに株式非公開会社である。唯一、ワークマンが東京証券取引所JASDAQに上場しており、株価は直近では9000円を超える高値で推移している。

実父でベイシアグループの代表である土屋嘉雄は88歳のいまも絶大なる影響力を持つが、ゆくゆくはその後継に長男の裕雅が就くことを、誰も疑わないところである。

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少年期は「引きこもり」

1932(昭和7)年、埼玉県深谷市に江戸時代からつづく呉服店の次男として生まれた土屋嘉雄は、大学に進んで新聞社か商社に入って世界を飛び回るような仕事に就きたいと漠然と考えていた。だが、県立深谷商業高校を卒業すると、父の勧めで群馬県高崎市にある服地問屋に見習いとして入った。商売の道に進むなら若いうちから修業したほうがいいと説得されたからだが、この服地問屋での4年半で商売の基礎を叩き込まれる。嘉雄は、両親の後押しもあって、1958年12月、26歳のとき、株式会社いせやを設立して独立し、翌年6月、群馬県伊勢崎市に服地を中心に扱う衣料品店「いせや」を開業させる。

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