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ウクライナ戦争「あの時と似ている」船橋洋一 新世界地政学134

ウクライナ戦争「あの時と似ている」

ウクライナ軍によるハリコフ州奪還とロシア軍の雪崩を打ったような敗走は、7カ月を超えたウクライナ戦争の最大の転換点となりそうである。太平洋戦争で言えば、1942年のミッドウェー海戦での致命的敗北のようなものだ。ウクライナ戦争はその時折の局面で、過去の「あの時と似ている」いくつもの歴史的モーメントを孕みながら展開している。

今年5月、ヘンリー・キッシンジャーはダボス会議にオンラインで登壇し「(ロシアとウクライナの)境界線を戦争前の状態に戻すのが理想だ」と述べた。クリミア半島を取り戻そうと思うな、との警告とも読める。ウクライナのゼレンスキー大統領がすかさず「キッシンジャーさんのカレンダーは2022年ではなく1938年のようですね」と皮肉った。この年、チェンバレン英首相とダラディエ仏首相は、ミュンヘンでヒトラーと会談、結局オーストリア併合を黙認した。プーチンのロシアへの宥和政策は新たなミュンヘン・モーメントだ、とゼレンスキーは説いたのである。

プーチンはこの戦争を「特別軍事作戦」と名づけ、国内では「戦争」と呼ぶことを禁止している。これは1937年の支那事変を彷彿とさせる。日本は「事変」のまま、宣戦布告なしに全中国での泥沼の戦争に迷い込んだ。これに先立つ1931年の満州事変から満州国建設までの作戦が楽勝だったため支那事変の展望を甘く見たこともある。ロシアのクリミア半島併合が楽勝だったので、今回、情勢を甘く見たのだろう。

ロシアのウクライナに対する侵略は、1939年11月、ソ連が中立国のフィンランドを侵略したものの、その英雄的な抵抗に遭い、引き下がらざるを得なかった時に似ている。フィンランドはこの戦争を「冬の戦争」と呼んでいる。ウクライナ戦争はいま、まさに「冬の戦争」モーメントに突入しようとしている。

いや、ロシアにとって今後もっと深刻な状況に追いやられる可能性もある。1904~5年の日露戦争モーメントである。4月のウクライナ軍のミサイル攻撃によるロシア黒海艦隊の旗艦、モスクワの撃沈は日露戦争の時のバルチック艦隊の沈没を彷彿とさせた。日露戦争の敗北が帝政ロシア崩壊の引き金を引いた。

しかし、追い詰められれば追い詰められるほど、ロシアは戦術核を使用する誘惑に駆られるかもしれない。この戦争がロシアの核オプション検討へとエスカレートした場合、それは1962年のキューバ危機モーメントとなる。国際政治学者のチャールズ・カプチャンは「この戦争は、キューバ危機以来、もっとも危険な地政学的モーメントだ」と述べている。

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