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コロナ下で読んだ「わたしのベスト3」 疫病というメタファー|手嶋龍一

コロナ・ウイルスは、尊い人命を奪い去り、大統領選びにも影を落として合衆国に深い亀裂を生じさせた。南北戦争の危機に直面したリンカーンは「分かれたる家は立つこと能わず」と訴え、祖国の分裂を避けるためなら、至高の信念である奴隷解放の歩みさえ遅らせた。だが、異形の大統領トランプは、リンカーンの国を「2つのアメリカ」に塗り替えてしまった。

西側の盟主アメリカは、ケナンを擁して壮大な対ソ戦略を立案させた。『ジョージ・F・ケナン回顧録』は、対ソ封じ込め戦略を提唱した戦略家の一瞬の栄光とその後に続く挫折の生涯を冷徹に記している。

コロナ禍で自宅に閉じこもっている機会に、永井陽之助著『冷戦の起源』を再読してみた。共産主義の浸透、拡大をいかに予防すべきか。ケナンの対ソ封じ込め戦略には、「疫学メタファー」が使われていたと喝破した記述があったはずと思い出したからだ。未知の疫病に備えるには、長期に亘る堅忍不抜の姿勢こそが欠かせないと説くケナン戦略の核心が明晰に解き明かされていた。新型コロナウイルスの猖獗を身近に感じながら読み進めると、同じ本から異なる風景が見えてくると実感した。

トランプ大統領はいまなお敗北を認めず、バイデン次期大統領へ政権を移譲しようとしない。選挙で主権者の意志が示されれば、平和裏にホワイトハウスを明け渡す。これこそがアメリカン・デモクラシーの良き伝統だった。

『プレジデント・クラブ』には、アイゼンハワーが、ピッグス湾の侵攻作戦で惨めな失敗を犯したケネディをキャンプ・デービッド山荘に訪ねる印象的な場面が登場する。ふたりは小さなコテージで話し込む。第二次世界大戦の英雄アイクは、哨戒艇の艇長しか務めたことのない若者に軍と情報機関を統御することがいかに難しいかを諄々と説いたのだった。いま眼前に繰り広げられているのはこれと真逆の光景であり、超大国衰えたりと嘆息してしまう。

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