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中国共産党内にもいた筋金入りの改革派 ——李鋭がもし今、生きていたら——

文・及川淳子(中央大学准教授)

創立100年を迎える中国共産党

2021年7月1日、中国共産党は創立100年を迎えるが、強権的な統治を進める習近平政権は、思想や言論に対する統制をますます強化している。

その根拠となっているのが、「社会主義の核心的価値観」である。

近年、中国では駅や空港、繁華街、学校、住宅地など、日常生活のあらゆる場面で「社会主義の核心的価値観」を宣伝するモニュメントやポスターを目にする。国家の建設目標としての「富強、民主、文明、和諧(調和)」、社会の構築理念としての「自由、平等、公正、法治」、国民の道徳規範としての「愛国、敬業(勤勉)、誠信(信義誠実)、友善(友好)」、これら12のキーワードで定められているのが、中国共産党が指導する核心的な価値観だ。

「社会主義の核心的価値観」を宣伝するモニュメント (2019年2月19日 北京にて筆者撮影)

「社会主義の核心的価値」を喧伝するモニュメント
(2019年2月19日、北京にて、筆者撮影)

「民主」、「自由」、「法治」など、個々のキーワードを見れば、これらは「普遍的価値」とも言うべき概念だ。

例えば、平和や人権など、国際社会に広く共通する普遍的な価値観は、政治体制や社会制度などの相違を越えて重視され、擁護されるべき理念である。日本語と同じ漢字で記された「民主」や「自由」を見ると、中国政治が民主化に向かうのではないかという期待を抱くかもしれないが、あくまでも中国共産党が規定する「民主」であり、中国共産党が許容する範囲内の「自由」だ。急速な経済発展によって中国社会は多元化し、人びとの価値観も多様化している。それゆえに、価値観をめぐる統制がさらに強化されているのだ。

中国共産党創立100年に関する情報を目にすると、もしも李鋭が存命だったら、どのような言葉を綴っていただろうかと、ふと思うことがある。

中国政治の民主化を訴え、新たな改革案を起草しただろうか。憲政の実現を訴えて、力強い筆致で得意の詩文を記しただろうか。それとも、大胆率直な言葉で、為政者の虚栄を批判しただろうか。

筆者の手元に残された李鋭直筆のメモや原稿から、湖南訛りの強い李鋭の声が聞こえてくるかのようだ。

毛沢東批判も厭わない毛沢東の元秘書

李鋭(1917-2019)は、中国共産党内の民主派を代表する長老として知られ、101歳で死去する直前まで、中国政治の民主化を訴え続けた。中国共産党の人事を統括する中央組織部で要職を歴任したが、かつては毛沢東の秘書も務めた。

中華人民共和国建国直後の1950年代、長江三峡ダムの建設計画をめぐって政策論争が展開された当時、建設の是非をめぐって毛沢東の前でいわゆる「御前会議」が開催された。水利電力の専門家だった李鋭は建設反対派の代表格だった。世界最大規模のダム建設を夢見ていた毛沢東に反対意見を直言し、その大胆さが却って気に入られて秘書に抜擢されたという逸話の持ち主でもある。

1989年の天安門事件では学生や市民の民主化運動を支持し、中国人民解放軍による武力弾圧に反対して事件後も関係者の名誉回復を訴え続けた。党内の改革派や知識人から、「党の良心」と呼ばれた人物だった。

天安門事件以後、中国共産党中央顧問委員という要職を退いた李鋭は執筆活動に専念し、次々と著作を発表した。毛沢東の秘書でありながら毛沢東を徹底的に批判し、中国共産党の内部から党を批判し続け、党の民主化を通して中国を民主化すべきだと主張した李鋭は、特に「自由」と「民主」を強調した。

李鋭の著書には、「憲政に必要なのは言論の自由である。社会主義、共産主義などの『——主義』を語るのではなく、自由や民主などの『普遍的価値』を重視すべきだ」という力強い言葉が随所に刻まれている。

李鋭に会ってみたい

筆者は中国に留学していた学生時代に李鋭の存在を知り、その生い立ちや経歴を知るにつれて、次第に李鋭という人物に惹かれるようになった。中国共産党による一党支配体制に独裁的なイメージを描き、思想や言論を徹底的に統制して政策論争などあり得ないような一枚岩の組織だと考えていたが、建国初期に毛沢東に直言した李鋭の存在を知って中国政治の奥深さを感じたのだ。

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