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冨永愛 ファッションが生き残るために

文・冨永愛(モデル)

ファッション業界において、これほど激動の嵐に見舞われた年はかつてあっただろうか。ファッションは以前から環境に対する負荷が問題視されていたが、このコロナ下においてはエシカル志向が急加速したように感じる。「エシカル」とは環境保全や社会に配慮すること。流行しているから、憧れているからというだけでは、もう消費者の心を捉えられず、財布の紐も固くなってしまった。消費が落ち込み、今までのマーケティングやサプライチェーンのあり方では成立しなくなってしまい、改革を迫られているのだ。

さらにSDGsの観点からファッション業界は産業界で世界で2番目に自然環境に負荷をかけていると指摘されている。あらゆるブランドが持続性のある方向へと大きく舵を切らざるを得なくなった。

こうしたことが数年の間に劇的に起こっている。そして今では右を向いても左を向いてもエシカル、サステナブル、生産過程を追跡できるトレーサビリティの嵐である。

実際のところ、環境に対する業界の負荷は深刻だ。日本では毎年約100万トン(約33億着)の衣料が廃棄されており、その9割が埋め立てられたり、または焼却処分されている。60%以上が新品のまま埋め立てられているというからとても持続性のある状況ではない。

私がモデルを始めて海外に繰り出していた90年代終わり頃、ファッション業界はこれでもかというほど派手な世界で、デザイナーたちが渾身のコレクションを毎シーズン煌びやかに披露していた。それは環境問題や労働環境とはまるで無縁の、どこか雲の上の物語のような夢の世界で、心をわしづかみにされてしまう強烈な引力があった。その魅惑の世界に導かれるように、私はトップモデルを目指していた。

ここ数年は持続性のある取り組みをしようと業界が必死であることはもちろん理解できるし、その努力をするべきなのだが、同時にファッションの世界が私たちに夢を見させてくれていることも忘れないでいてほしいと思う。人間にとって、たとえどんな現実の問題に直面しても、夢を見ることはけっして忘れてはならない大切な要素だと思うから。

ファッションは、時代が生み出す空気を敏感に捉えて形にしている。ある意味で時代を作ってきた産業とも言える。人類の歴史を語るうえで欠かせないものと言っても過言ではないだろう。コルセットからの解放やミニスカートの流行が「女性の社会進出」を象徴したように、ファッションと歴史、社会には大きな関係性がある。時代が移り変わるのに合わせて流行を生み出し、変化してきた。だからファッション業界において、それが必然的であろうが、強制的であろうが、“変わること”はそもそも得意なことではないだろうか。

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