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佐藤優 ニヒリズムを身体化した思想家/『1%の努力』ひろゆき ベストセラーで読む日本の近現代史111

「2ちゃんねる」の開設者で、現在は英語圏最大の掲示板「4chan」の管理人であるひろゆき(西村博之)氏は、現下日本でもっとも影響力を持つ論壇人の一人だ。最近では沖縄の辺野古新基地建設に反対する人々の運動に対するひろゆき氏の言説が、賛否両論の激しい反応を生み出した。評者は辺野古新基地建設に反対なので今回のひろゆき氏の言説には強い違和感を覚える。

しかし、ひろゆき氏に「炎上商法だ」「差別主義者だ」というレッテルを貼って、単純に問題を処理してしまうことには反対だ。こういうアプローチはひろゆき氏が持っている思想の力を過小評価してしまうことになるからだ。ひろゆき氏を現実に強い影響を与える思想家として、その思想を真剣に分析する必要がある。そのためによい手掛かりを与えてくれるのが同氏のベストセラー『1%の努力』だ。評者の理解では、ひろゆき氏はニヒリズム(虚無主義)を身体化している思想家なのである。

『1%の努力』ひろゆき

〈たとえば、僕は、人生に「生きる意味」は存在しないと考えている。/虫や細菌に生きる意味がないのと一緒で、地球上の生物は地球の熱循環システムの一部としての機能を果たしているだけだ。/ただ、そう考えることで、「じゃあ死ぬまでにできるだけ楽しく暮らすほうがいいな」と思うことができる。/幸せの総量を増やすことを目標にすればいいのだ。/それをうまく教えてくれるものがある。「本」だ〉

ひろゆき氏は読書家だ。特にジャレド・ダイアモンドが『銃・病原菌・鉄』で展開した、ヨーロッパが覇権を獲得したのはユーラシア大陸が横に長く穀物や家畜の多様性が生まれたためだという言説から影響を受けている。

〈そこから僕が導き出した答えは、「人類の努力は、ほぼ無意味だ」ということだ。/いくら人間が頑張っても、大陸の形を変えることはできない。/僕の生き方は、そういう結論から逆算するようにしている〉

0を1にする才能がない

ひろゆき氏は傲慢で「歩く夜郎自大」のように見られている。しかしそれは同氏の自己理解とは大きく異なる。ひろゆき氏は0から1を作り出す才能が自分にないことを認めている。

〈誰も思いつかないようなアイデアを実現している人を見ると、「僕には無理だな」と思う。/他人の考えたものを説明するのが好きだし、伸ばせる部分を見つけたり、改善点を指摘したりするのは得意だ。/(中略)面白いことを考えつく人は、守るべきものができると、途端に面白くなくなる。恋人ができたり、家庭を持ったり、会社で出世したりすると、天才が天才でなくなってしまう。/40歳を過ぎて周囲を見回すと、そうやって面白くなくなった人ばかりだ〉

「ゼロイチ」の天才が作ったものを通俗化して、マネタイズ可能なものに転化できるのがひろゆき氏の才能なのだ。しかも、それを支えているのは努力の集積だ。ひろゆき氏は努力という言葉を用いずにこう説明している。

〈ロジック側の人間が勝つ方法がある。/映画やゲームなど、エンタメにたくさんの時間をつぎ込むことだ。質で勝てないなら、量を徹底的に増やすしかない。/マンガを10時間ぶっ続けで読むとする。すると、「ああ、10時間もムダにしてしまった」と考えてしまう人がいるようだが、僕の場合は違う。/「10時間もエンターテインメント業界を勉強した」/そのように考える〉

自分が楽しいと思う場所で比較優位を作り出し生き残るのがひろゆき流努力なのだ。

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