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世界最高の長寿食④「長生きできる塩分量とは」世界の短命地域はどこも共通して… 家森幸男

文・家森幸男(武庫川女子大学国際健康開発研究所所長)

短命地域は塩の摂取量が多い

皆さんは、ご自身が1日にどれくらいの塩分を摂っているか把握されていますか? これは24時間分の尿を分析すれば分かります。

私は世界25か国の長寿・短命地域で食と寿命の関係を調査してきましたが、この研究を可能にしたのが、自分達で開発した24時間、尿を貯められる特殊な採尿器でした。

食べた栄養素は尿として排出されますから、その地域の方々に24時間分の尿を採ってもらうことで、摂取している栄養素を定量的に計測できます。

たとえば、塩分はナトリウム、野菜はカリウム、魚介類はタウリン、大豆はイソフラボン、たんぱく質は尿素窒素、種実雑穀類などはマグネシウムとして尿に排出されます。その量を知ることで各栄養素の摂取量が推測できるわけです。

こうして、世界で約1万4000人の方の24時間尿から食と寿命の関係を40年にわたり調べてきた結果、健康寿命に最も大きな影響を与えるのは「塩」であることが分かってきました。

世界の短命地域はどこも共通して、塩の摂取量が多いのです。

たとえば、突然死する人も多いチベットでは、24時間尿から1日の塩分摂取量が平均16グラムと分かりました。実際に健診してみると、4割くらいの方が高血圧で、血圧が200を超えるような重症高血圧の方もおられました。

一方、世界で最も塩の摂取が少なかったのがマサイ族です。最初に訪れた1986年頃には、1日の塩分はたった2.5グラムでした。

それもそのはず、当時、マサイは塩を持っておらず、この2.5グラムは、マサイ族の主食である1日3~4ℓットル飲むヨーグルトの中に含まれるナトリウムから摂っていると分かりました。日常的に汗をかくような熱帯に暮らしていても、それだけで塩分は足りていたのです。

そして、健診でも高血圧の人がほとんどおらず、まるで日本の小学生レベルの血圧でした。

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脳卒中を引き起こす

食塩を多く摂取する地域では高血圧が多くなります。脳卒中の60%と心臓病の50%は、高血圧が原因ですから、高血圧が多くなると脳卒中や心臓病の死亡率が上がります。

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グラフ(1)は世界健診前後5年間の各地域の年齢別死亡率を求め、標準人口を使い年齢調整したもの。

グラフ(1)は横軸に24時間の尿から分かった食塩排泄量、縦軸に男性の人口10万人あたりの脳卒中による死亡率を取ったものです。

これを見ると、塩の排泄量が多い地域ほど脳卒中の死亡率が高く、少なくなるにつれ低くなることが分かります。

そして、塩の摂取量を示す尿中排泄量が7グラムを切ると、脳卒中死亡率はほぼゼロになることがお分かりいただけると思います。

東洋で最も塩を摂っていないのは「食は広州にあり」といわれる広州で、たった5グラム未満でした。

実際、広州では1985年の調査で高血圧の人がほとんどおらず、血圧の平均も上が108ミリで下が65ミリ。コレステロールも低く167ミリグラムでした(残念ながらチベットやマサイ、広州は死因の分かる正確な死亡統計が当時なかったため、グラフにはありません)。

WHO(世界保健機関)では塩分摂取量の目標値を最初は1日6グラムと1982年に決めましたが、このような調査結果から今では1日5グラムを目標としています。

日本では食文化もあり、1日10グラム目標が長く続きましたが、徐々に厳しくなり、2020年の「日本人の食事摂取基準」では、男性7.5グラム、女性6.5グラムとなっています。塩6.5~7.5グラムというと、小さじ1強くらいの量です。加工食品に含まれるものも含めての総量ですから気をつけないとすぐに超えてしまいます。

実際、今の日本人の塩分摂取量の平均は、男性は10.9グラム、女性9.3グラムと、まだまだ目標値には遠いのが現状です。

もうひとつ、塩の摂りすぎと深い関係があるのが胃がんです。

胃がんの関係も深い

グラフ(2)は塩の排泄量と、その国の男性の人口10万人あたりの胃がんによる死亡率です。

こちらも、塩の摂取が多い地域ほど胃がん死亡率が高いのがお分かりいただけると思います。

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グラフ(2)は世界健診前後5年間の健診地域を含む、都市部の胃がんの年齢調整死亡率との相関。

今、9割以上の胃がんはピロリ菌が原因といわれていますが、塩を多く摂る人は胃の粘膜が荒れて胃酸が出にくく、ピロリ菌がはびこりやすくなるからです。

このように、塩の摂りすぎは高血圧と脳卒中、胃がんのリスクを高め寿命を縮めます。

なかでも脳卒中は、死に至らなくても寝たきりや、認知症の原因にもなりますから、健康寿命(健康上の問題によって日常生活が制限されずに生活できる期間)を阻害する大きな原因になるのです。

日本では平均寿命こそ長く、男女平均で84歳ですが、健康寿命は10年も短い74歳です。

私たちの日本の調査では、塩の摂取が2グラム少ないと約1年、平均寿命が長かったのです。

ここから考えると、もし日本人男性の塩の摂取量を現在の約11グラムからWHOの目標値である5グラム未満に減らせれば、2~3年の健康寿命の延長効果があるのではないかと思います。

「塩の害」を減らすには、塩の摂取量を減らすことももちろん大切ですが、もうひとつ大事なのが、通称「ナトカリ比」(ナトリウム/カリウム比)と呼ばれる指標です。これは尿中のナトリウムがカリウムの分子量の何倍かという比率です。実は、塩の量が同じでも、カリウムを多く摂れば、塩の害を減らすことができるのです。

そもそも、なぜ、塩を摂ると高血圧になるのでしょうか?

塩は塩化ナトリウムですから、体内でナトリウムイオンになります。

血管の壁の平滑筋細胞の中は、普段カリウムが多くナトリウムが少ない状態です。そのバランスを保つため、細胞の膜にはポンプが付いていて、細胞内のナトリウムを外に汲み出し細胞外からカリウムを汲み入れる働きをしています。

ところが塩の摂りすぎなどで、細胞内でナトリウムが過剰になるとナトリウムは水を引き付けるため、細胞が膨れてきて、血管の壁が厚くなってきます。

さらに、ナトリウムが多くなり過ぎると、ナトリウムを出すためカルシウムが取り込まれますが、カルシウムイオンは血管を収縮させる作用があります。

ただでさえ、血管の壁が厚くなって血液が通りにくいところに血管が収縮し、血圧がどんどん高くなっていくわけです。

それを防ぐために重要なのが、先ほど説明した「ナトリウムを細胞外に汲み出しカリウムを汲み入れるポンプ」がスムーズに働くことです。

そもそも汲み入れるカリウムがたくさんあることが大事ですし、ポンプ自体がスムーズに動くことも大切です。そのポンプをスムーズに働かせるのがマグネシウムです。

また、カリウムは腎臓で尿からのナトリウムの再吸収を抑制して排泄を促す効果もあります。

こういった仕組みで、カリウムとマグネシウムをしっかり摂っておくと、ナトリウムを体外に追い出してくれるので、塩の害が最小限に抑えられるのです。

カリウムは、野菜、果物に多く、マグネシウムは、海藻、大豆、ナッツ、雑穀などに多く含まれます。つまり、そういった食材を多く摂ることで、同じように塩分を摂っていたとしても尿中のナトカリ比が低くなるわけです。

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日本人は塩をとりやすい

たとえば、同じシルクロードに暮らす民族でも、ウイグル族は長命でカザフ族は短命なのですが、それもナトカリ比で説明できます。

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