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世界最高の長寿食(6) 史上最強食材 大豆の底力 家森幸男

健康寿命を延ばす“知識のワクチン“。/文・家森幸男(武庫川女子大学国際健康開発研究所所長)

対照的な「広州」と「ラサ」の食と健康

世界25か国、61地域の長寿・短命地域の調査を1985年に始めた時、私たちが注目した地域のひとつに中国がありました。

ご存じの通り、中国は広大な領土を持ち、地域によって食文化が大きく異なります。中国の様々な地域の、食と健康の関係を調べてみたいと思い、食文化の大きく違う5つの地域の健診計画をたてました。

都市部の北京、農村部の石家荘(せつかそう)(河北省)、東部の都市・上海、「食は広州にあり」と言われる広州(広東省)、高地のラサ(チベット自治区)の5か所です。

それぞれの地区で24時間尿から食べている栄養を探り、血圧や血液の検査をして、食と健康の関係を調べましたが、非常に対照的だったのが「広州」と「ラサ」でした。

広州はこれまでの連載でも何度かお伝えしてきた通り、食塩摂取量が1日平均で5グラム未満と、世界でも最低レベルで、高血圧の方もほとんどいませんでした。これは「食は広州にあり」といわれるだけあって、新鮮な食材に恵まれ保存食をほとんど食べないという食文化が理由だと思われます。

一方、ラサは、海抜3700メートルという高地で野菜や果物はほとんど採れません。そして日常的に塩茶やバター茶を飲み、保存食である塩漬けのヤクの肉を食べます。24時間尿から1日平均16グラムもの塩分を採っていると分かり、これは世界最高レベルでした。

「塩」と「脂」の過剰摂取が短命食の特徴であるとこれまで繰り返しお伝えしてきましたが、まさに、そういった食生活で、しかも、塩の害を打ち消すカリウムを含む野菜や果物はほとんどなく、長寿のキモである魚介類も先祖を水葬してきたので決して食べないというのです。

実際に血圧を測ると、4割の人が高血圧で、200ミリを超える超高血圧が多い。しかも突然死が多く、中国の中でも短命地域であることが分かりました。

しかし、突然死はチベットでは「行いがよいので仏さまの元に招かれた」と祝福され、鷲に食べてもらって天に帰る鳥葬に付されることが多いとのことでした。

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チベット・ラサ市

人民解放軍に救出された

私たちは突然死の原因が、食塩過剰摂取による「脳卒中」なのか、脂肪過剰摂取による「心臓死」なのかを知るためにご遺体の血管を観察したいと思い、実際の「鳥葬」の様子を見学させていただく機会を得ました。

早朝に、大きな石の鳥葬台にご遺体が載せられ、僧侶の祈祷が始まると、多くの鷲が舞い降りてきました。それとともに、遺体の解体が始まります。私たち健診チームは最敬礼しながら、ご遺体に近づいて、大動脈などの血管の状態を観察しようとしました。

すると、その時、周囲から私たちに向けて石つぶてが次々と飛んできて、健診チームの1人に当たったのです。危険を察した私たちは、バラバラに岩陰に隠れ、その間に、鷲たちがご遺体をついばみ天に持ち帰っていきました。

せめて大動脈に動脈硬化があるか確認できればよかったのですが結局死因は特定できず、私たちはジープで駆け付けた人民解放軍によってなんとかその場から救出されました。

このように、様々な事件に遭遇しつつも私たちは中国5都市での健診を終えたのですが、その後、中国側から、「実は、長寿で有名な地域があるのでそこの調査もしてほしい」と依頼され、追加でその地域の調査に行くことになりました。

その知られざる「長寿地域」が貴州省の省都、貴陽でした。

貴州省は中国の雲貴(うんき)高原の東北部に位置し、プイ族とかミャオ族といった少数民族が全省人口の3分の1を占める地域です。

当時、中国では非常に遅れた地域で最貧省に近いにも関わらず、なぜか長寿者が多いのでその理由を調べてほしいとのことで、1987年と1997年に調査に行きました。飛行機の上から大地を見ると、高地にお椀で土を盛ったような丸い山がポコポコとあり、山肌は白い色をしています。石灰の多いカルスト地形なので、稲作には不向きと思われ、おそらく主食はお米ではないだろうと推測しました。

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中国・貴陽

大豆食品のオンパレード

現地で聞くと、主食は、大豆とトウモロコシとのこと。この2つを同じ土地に混栽していました。これは非常に理にかなった農法です。

大豆は、根粒バクテリアが大気中の窒素をアンモニアに変換(窒素固定)し、植物の生育に欠かせない窒素肥料を自分で作りだします。大豆はトウモロコシより収穫時期が早いのでまず大豆を収穫し、その茎や葉を土に戻し、それがトウモロコシの肥料にもなるというわけです。

現地のマーケットに行ってみると、たくさんの野菜と一緒に色とりどりの大豆が並んでいました。そして、屋台では、生の豆腐、焼き豆腐、厚揚げなど、さまざまな豆腐製品が売られています。

1番感心したのは、「干豆腐」という、硬めの豆腐を圧縮、脱水させ、干して作られたものです。それを薄切りにしたり、麺のように細切りにしたりして、豆乳などで茹で、唐辛子を入れたピリ辛の味付けで、うどんのように食べるのです。

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薄切りされた干豆腐

納豆も売っていました。

納豆の発祥の地は日本だという話を以前聞いたこともあったので、これには大変驚きました。

しかも、この地では、藁に包まなくても、蒸した大豆に干した布をかけておくだけで納豆ができるというのです。

おそらく、空気中に納豆菌がたくさんいるのでしょう。納豆の本当の発祥地はこのあたりなのではないかと思いました。

健診の結果は、中国では広州に次いで食塩摂取量が少なく、1日平均9.2グラム。血圧も平均112ミリと低めでした。さらに、女性は通常、更年期を迎えると女性ホルモンの作用が少なくなり高血圧になりやすいのですが、貴陽では血圧の上昇があまり認められませんでした。

この健診結果から、私たちは、大豆に多く含まれる物質「イソフラボン」に、その秘密があるのではないかと推測したのです。

イソフラボンは、大豆の茎になる「胚軸」の部分に多く含まれ、女性ホルモンの「エストロゲン」の構造と非常に似ている物質です。

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心筋梗塞を防げる

まず、100%脳卒中を起こす遺伝子を持った「脳卒中ラット」にイソフラボンを餌に入れて食べさせる実験を計画しました。

ところが、当時、純粋なイソフラボンは1グラムが約100万円もする高価なもので、とても使用できるものではありません。

困っていたらたまたま、ある会社が大豆食品を作る時に、胚軸の部分が、白くてカビのように見える上に味も苦みがあるので、わざわざ胚軸を外して使っていると聞きつけたのでその胚軸をいただき、それをラットの餌に混ぜ込みました。

「脳卒中ラット」も、卵巣のあるメスは、通常、オスに比べてゆるやかに血圧が上がり、ゆっくり脳卒中が起こります。

ところが、卵巣を取って女性ホルモンをなくした「更年期ラット」は、オスと同様に血圧が上がりやすく脳卒中も起こりやすくなります。

食べる量も増えて肥満になりやすく、毛づやもなくなります。

そこで、卵巣を取った「更年期ラット」に、大豆の胚軸を混ぜ込んだ餌を与えてみると、肥満傾向が解消され、血圧も上がりにくく脳卒中も起こりにくくなり、さらに毛づやまで美しくなりました。

女性ホルモンと似た効果を持つイソフラボンが、長寿の鍵を握っている可能性が出てきたのです。

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