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船橋洋一の新世界地政学123 「米中ともにCPTPP加盟という夢」

米中ともにCPTPP加盟という夢

TPP(環太平洋パートナーシップ)協定とはいかなる星のめぐりあわせで生まれたのか。その軌跡はドラマに満ちている。

2015年10月、12カ国の交渉が大筋で合意した。これが第1幕である。私はその直後、中国のシンクタンクの招きで北京を訪れたが、招待宴の食事の際、隣合わせになった中国側の要人は驚きを隠さなかった。なぜ、日本はこれほどの市場自由化に合意できたのか、自民党はコメ農家をどうやって説得したのか、日米の間で何か戦略的密約でもあるのか……どうにも解せない風だった。

ところが、オバマ政権が法案化の過程で米議会の根回しに手間取っている間に2016年の大統領選挙に突入してしまった。2017年1月、トランプ大統領は政権発足3日目に米国のTPPからの離脱を表明した。TPPは米国抜きでは発効できない。残された11カ国はその年5月から新たな貿易協定の交渉を開始し、2018年3月、CPTPP(環太平洋貿易パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の署名に漕ぎつけた。これが第2幕である。

主導したのは日本だった。多角的貿易交渉では戦後一貫して日本は受け身だっただけに、日本のリーダーシップは驚きをもって受け止められた。

そして今回、中国はCPTPPへの加盟を申請した。第3幕の幕開けである。バイデン政権がCPTPPに復帰できないと判断したのだ。「アメリカ・ファースト」の米国と異なる「自由貿易の旗手」としての中国のイメージを際立たせる「話語権」(ナラティブ)を掲げつつ、申請に踏み切ったということだろう。

ただ、11カ国すべての国が賛成しなければ加盟は認められないし、CPTPPの高水準の加盟基準を乗り越えなければならない。例えば、(1)国有企業の競争中立性の確保(2)補助金の透明性(3)強制労働の禁止を含む労働者の権利確保(4)ソースコードの開示要求禁止を含むデータ・デジタル取引の高い水準の維持(5)経済的強制の自制、などのルールや規範を遵守する必要がある。習近平体制の下、中央権力集中と国有企業優先・民営企業搾取の「国進民退」が一段と進み、政治・安全保障の面で不快感を抱く相手国に対して経済制裁で威圧する。そのような中国への嫌悪感が広まる中、中国の加盟には強い抵抗が起きることが予想される。中国が入ると、内政事情によって時に著しく硬直化した対外姿勢を取るため、ルールや秩序の形成が進まず、ガバナンスが効かなくなることを対中交渉者たちは懸念している。

それでも、日本は中国の加盟申請を真摯に受け止め、それをこの地域の自由で開かれ、持続力のある国際秩序形成に役立たせる“外交的柔術”を発揮すべきである。中国のルールでなくCPTPPのルールに則って環太平洋の貿易の枠組みに中国を組み込むことができれば日本だけでなく地域全体にとってもプラスである。

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