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加山雄三「若大将八十五歳の『幸せだなぁ』」
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加山雄三「若大将八十五歳の『幸せだなぁ』」

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大借金、母の死、小脳出血……。全部、俺が背負ってやろう!/文・加山雄三(俳優・歌手)

加山雄三

加山氏

「幸せだなぁ」というのは本心

芸能生活62年。うれしいことも悲しいことも、そりゃあ、いっぱいありました。

昨年、長年の活動が評価されて文化功労者に選ばれたのは、うれしかったな。天皇皇后両陛下にもお目にかかりました。皇居に拝謁に伺ったときに、出席者が1列に並んで両陛下が一人一人と順番に挨拶されていくでしょう。僕は一番端にいたもんだから、何を言おうか悩んじゃってね。「どうしようか……」と、あれこれ考えているうちに自分の番になって、つい両陛下に「えー、これからも頑張って歌います」なんて、つまらないこと言った。

後悔していますよ。だって本当は「幸せだなぁ」って言いたかったんだから。そう、元々は「君といつまでも」の間奏に出てくるセリフだけど、僕のキャッチフレーズのようなもんです。さすがに両陛下の前で言ったら、どんな顔されるかと思うと恐くてね。我慢しました。

でも、「幸せだなぁ」というのは俺の本心なんです。今年で85歳だけど、この歳になっても、いつも最高、生きててよかったなあ、と思うことが本当に多い。もんじゃ焼き食べてるときも、ステーキ食べてるときも、そう思いますよ。幸せだなぁって。もっとも、たくさんのお客さんの前で歌うことができれば、それが一番幸せな瞬間ですけどね。

今の世の中を見ていると、「幸せ」なんて口にしない人が多いでしょう。コロナで沈み気味になるのは分かる。自分の人生が不遇なのを嘆いて、痛ましい事件を起こす人もいるよね。

ただ、本当は幸せなはずなのに、暗い顔して愚痴ばっかりこぼしている人も多いと思うんですよ。何かにつけて、文句を言わないといけないような雰囲気がある。それは違うよね。僕に言わせれば、「本当は幸せな癖に」って思うよ。幸せなら「幸せだ!」って素直に言えばいいのにって。

最近のテレビドラマを見ても、登場人物が、みんな揃って愚痴ばかり言うでしょう。ワイドショーでも他人の不幸をあげつらって、それを喜んでいるんだから情けないよ。本当に情けなくて、画面越しに思わず文句を言いたくなる。カミさんに「しょうがないでしょ」って止められるんだけどさ(笑)。

絶対に他人のせいにしない

僕はいつも楽観的で前向き。生まれながらの性格なんでしょうけど、でも大事なことなんだよ。それは自分の人生に、あまりにも辛いことがあったからかもしれないな。

極端な道を歩いてきたというか。俺だってトラブルがあると「はあ、辛いなあ」って下を向きたくなるよ。でも「生きていかなきゃしょうがない」って、そう思うと状況が改善されてくるんだな。「何もかも自分の責任だ」「俺がいるから嫌なことも起きるんだ。よし、全部背負ってやろう!」と覚悟さえ決めれば、不思議と乗り越えられる。絶対に他人のせいにしたり、怨んだりしては駄目。他人のせいだと思った瞬間に、「それは間違っているぞ!」と、自分に言い聞かせるんです。

最近で一番辛かったことと言えば、やっぱり脳梗塞と小脳出血を立て続けに起こしたことですね。

脳梗塞は3年前。ある日、寿司屋で寿司を食べようとしたら、急に手が勝手にフワフワと動き出したんだよ。まるで自分の手じゃないみたいに。「あ、これはおかしいな」と思って、ほとんど何も食べずにすぐ家に帰った。あれは不気味な体験でしたね。まさか、その時は脳に問題があるとは思わないからさ。

帰宅して「いやあ、手が勝手に動いたんだ」と言ったら、カミさんが「それは絶対におかしいわ!」ってビックリしてね。すぐ病院に連れて行ってくれたんです。CT、MRIを撮って脳梗塞だと分かったので、詰まった血栓を溶かす注射を打った。幸い後遺症もなく早期発見で本当によかったよ。あと数十分、病院に行くのが遅ければどうなっていたか、今考えてもヒヤッとしますね。

病室で人生を辿り直した

でも、本当に大変だったのは、それからだった。1年後に小脳出血を発症したんです。いつものように自宅でトレーニングをしたあとに水を飲んだら誤嚥してしまって。ゴホゴホとひどく咳き込んで、その瞬間に脳の血管がプチッと切れたんだね。繰り返し吐いたすえに、倒れこんじゃったんです。

その時もカミさんが、いち早く異変に気付いて救急車を呼んでくれた。それで、そのままICUに入りました。あとからマネージャーに聞いたら、医師からは「出血が止まらなければ、今日の夜が峠かもしれない」とまで告げられていたらしい。それほど危ない状態だったんだよ。

しばらくは病室で寝たきりの生活でしたけど、意識が朦朧とする中で「治すには、どうしたらいいんだろう」「まだまだ、やりたいことがあるのにな……」って、そう考えた時の辛さたるやなかった。今までで一番辛かったかもしれないな。

全部で2か月ちょっとくらい入院していたのかな。何とか無事に生還できたけど、言葉がうまく話せない後遺症が残ってね。一時は会話もままならなくて、芸能活動も中断せざるを得なくなった。それから半年間はとにかくリハビリの毎日ですよ。

体力を落とさないための筋力トレーニングに加えて、発音しにくい言葉を何度も繰り返す言語トレーニングもあってね。リハビリ用のテキストを渡されて、「らりるれろ」や「だぢづでど」を声に出して読む。終わったら今度は逆さまに読む。これが本当にキツかった。

自分で大丈夫だと思っていても駄目で、みんなから見て「ちゃんと治った」と言われないといけない。この時も「何があっても自分の責任だ」という心持ちで、リハビリ生活を何とか最後までやり通すことができたんです。

病室で寝ていると、テレビを見る気がしないし、かといって本も読まない。やっぱり考えごとをするしかないんだよね。それで自分が過ごしてきた道、80年余りの人生を全部、一から頭の中で辿り直してみたんです。そうすると、「あの時こうすりゃよかったな」とか「結果的にあれは正解だったな」とか、色々と思うところが出てくるんですよ。

辛い思い出もたくさん出てきました。パシフィックホテル茅ヶ崎の倒産とかね。1970年のことで、僕がまだ30代前半だった。ちょうどビートルズが初来日して、一緒にすき焼きを食べたり、映画『エレキの若大将』がヒットして、主題歌の「君といつまでも」が350万枚も売れたりしていた。その数年後に起きたことですね。いいことがあれば、必ず悪いこともあるんだな。

僕はホテルの監査役をしていたので、倒産にともなって23億円もの負債を抱えることになったんです。あまりに高い金額で、他の共同経営者は「知らない」って、みんな、お手上げ状態になっちゃってね。

俺だって、最初は「どうしたもんか」と思って、当時交際していたカミさんと一緒にアメリカに逃げたんだよ(笑)。マスコミには「駆け落ち同然」なんて批判されたけど、晴れてアメリカで結婚式を挙げてね。「ざまぁみろ」てな気分で帰国して、みんなの前で「これから借金返済を頑張ります」と言ったんです。そうしたら、またマスコミに「お前は甘い!」なんて、コテンパンに叩かれちゃった。あの時の記者たちの勢いは物凄かったな。

でも、僕も言葉通り「自分の蒔いた種だからしょうがない」と一生かけて返す覚悟を決めていたんです。それからは、ナイトクラブやキャバレー回りをして、とにかく稼いだ出演料は全額返済にあてた。当時の生活を喩えるなら、“切り詰める”なんてもんじゃない。もう“ギリッギリ”だね。妻とは1個の生卵を2人で半分にして、ご飯にかけて食べてましたよ。マンションのオーナーが同情して12万円の家賃を8万円にしてくれた時はうれしかったな。

最終的には10年かけて借金を完済することになるんだけど、ただ、悪いことは重なるものでね。ホテルが倒産した2か月後には、お袋(小桜葉子)が癌で亡くなったんです。それはもうすごくショックでね。僕は、親父(上原謙)にぶん殴られて育ったようなもんだけど、いつもお袋が助けに入ってくれた。だから、その温かさには感謝してたんだよ。

若大将シリーズ

若大将シリーズ

忘れられない母の言葉

今でも忘れられないのは、小学生のころ、親父が撮影で長期間、家を空けていたので、庭に池を作ったことがあった。俺もよしゃいいのに、釣った魚を入れておきたくてさ。穴を掘ってセメント流し込んで、そこにコンクリ打っちゃったんです。帰ってきた親父は大激怒。俺の顔を見るなり、ボカーンと1発殴ってきた。「反省しろ!」ってね。

「畜生、この野郎」ってヘソ曲げて家出したんだよ。夜遅くなっても帰らずに、海岸付近の暗がりで1人ジッとしてた。そうしたら、遠くから「おにいちゃーん! 返事しなよ」って声が聞こえる。お袋がわざわざ迎えに来てくれたんですよ。最初は意固地になってたけど、お袋に「おにぎり持ってきたから、出てきなよ」って言われた途端に、諦めがついてね。「ここだよ」って(笑)。おにぎり4個、全部食べちゃったよ。

それで2人で家に帰る道中、お袋が言ってくれた言葉が心に滲みてさ。「どんなことがあっても、お互いに話し合える仲でいようね」って。僕にとっては殺し文句みたいなもんでした。絶対に味方になってくれる。あの時のおにぎりの味は生涯忘れられないね。

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父の上原謙

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