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津山恵子 NY物価高ライフ

文・津山恵子(ジャーナリスト)

7月1日、ニューヨーク生活20年目に突入した。友人らがバーで祝ってくれた。

「ここは誰もが住みたがる街だ。そこに20年も! ケイコ、おめでとう!」

と、皆がハグしてくれた。共同通信社の特派員として2003年にニューヨークに上陸。任期を終えた際、「この街の魅力をもっと書き続けたい」と退社し、無謀にもフリーランスとなった。

ニューヨークは街が生きている。話し上手でお洒落で魅力的な友人のような存在だ。

毎朝、煉瓦造りのアパートを1歩出ると、人々が足速に通り過ぎる。手にした大きなマグから、コーヒーの強い香りが立ち上る。同じような格好の人はいない。誰もが自信ありげにさまざまな服をまとい、目を楽しませる。地下鉄でホームレスが、小銭を求めて歌っている。1歩外に出ただけで、五感にこれだけの刺激が流れ込む。

ところが最近、この高揚感がややしぼんでしまう危機に、初めて直面している。高インフレによる物価高に加え、加速する円安ドル高で、全ての支出が円換算で異常に高くつくためだ。正直なところ、買い物でお財布を開くたびに、暗い気持ちになる。

物価は、新型コロナウイルスのパンデミック最中から、鰻登りの三段跳びだ。長いロックダウンを経て、通常営業に戻った昨年、レストランや小売店は損失を補うため、軒並みメニューや商品の値段を上げた。さらに年初から、高インフレが襲った。6月の消費者物価指数は、前年同月比9.1%(!)上昇した。

ダンキンドーナツのコーヒー(小)は、パンデミック前に1.19ドルだった。今は2.21ドル(307円)とほぼ2倍だ。チャイナタウンのレストランに行くと、メニューの価格がホワイトで塗りつぶされ、新価格が書いてある。チャーハンは10ドル以下だったが、今や15ドル(2085円)はする。休日に買うスモークサーモンがのったベーグルも以前は10ドル以下だったのが、今や15ドルちかく。

そこにきて、1ドルが139円前後という超円安。泣き面に蜂とはこのことだ。私の場合、原稿料は円で日本の銀行に振り込まれ、それを米国の銀行口座に送金し、生活している。1ドルが100円であれば、10万円送金して1000ドルだが、現在は約700ドルにしかならない。

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