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武田徹の新書時評|「自粛生活」を楽しむ方法

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

山下泰平『簡易生活のすすめ』(朝日新書)によると明治から大正、昭和初期までに書かれた小説やエッセーには「簡易生活」なる語がしばしば登場するという。ただ「簡易」な「生活」を指すのではない。幸田露伴のような著名人を含む多くの人々がそれを理想の生活法と考え、徳富蘇峰が経営する民友社によって雑誌『簡易生活』も刊行されていた。

簡易生活主義者たちはとにかく「衣食住を簡易に」「交際を単純に」しようとした。欲が色々膨らみそうな近代化初期の日本人がミニマリスト的実践をしていたのを知ると驚かされるが、彼らのライフスタイルには今でも参考にすべき点が多々ある。簡易生活者たちは何でも拒否するわけではなく、自分の生活ぶりを省みて科学的に考え、合理的に無駄を排除しようとした。最新鋭の便利なものは積極的に取り入れたし、なにより簡易生活を目指す試行錯誤を楽しもうとした。

楽しくないと長続きしない。それは人間の本性に起因する。為末大『「遊ぶ」が勝ち』(中公新書ラクレ)は2013年刊行だが五輪前に復刻された。スポーツ選手の著作は注目されるだろうとの期待は五輪延期で外れたが、遊びから人間を論じたホイジンガの名著『ホモ・ルーデンス』を下敷きにした内容には普遍性がある。

新装版で追加されたまえがきに「賢い生き方は『遊び』を持つことだ」と書かれる。努力一辺倒では息がつまって壁にぶつかる。しかし遊びがあれば人は楽しみながら夢中になり、難関を突破できると為末は書く。それはスポーツ選手だけに通じる極意ではなかろう。

勢古浩爾『それでも読書はやめられない』(NHK出版新書)は、よくある読書論と違って読書嫌いを見下さない。著者自身、いわゆる名作・名著を義務感で苦労して読んできたが記憶への残存率はゼロ! だった。これでは意味がないと考え、名作名著の完読を目指すのを止めて、興味の赴くままマイペースで読み始めてみたら読書の楽しさが分かったという。このプロセスを著者は茶道の「守破離」の教えに喩える。しきたりを守ろうと苦労して破綻した後に頑なな思い込みから離れられ、ようやく自由に遊び、楽しめる境地に至るのだ、と。

行動力が衰える高齢者だけでなく、グローバル化する世界ではひとたび感染症が上陸すれば誰もが外出自粛を求められる。そんな時に家の中で有意義に過すとしたら読書は格好の趣味となる。遊び、楽しむヒントを色々得るためにコンパクトな判型ながら大きく役に立つ新書をまず読んでみてはいかがだろう。

(2020年6月号掲載)



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