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コロナ禍と外食|阿古真理

文・阿古真理(作家・生活史研究家)

コロナ禍で生活に制約が課されて残念なのは、ご飯仲間と会えなくなったことである。フリーランスで働く私に、同僚は夫しかいない。誰かと会うのは常に「わざわざ」。情報交換やおしゃべりを楽しむ会食仲間には、食事以外に会う理由が見つけられない相手がいる。大人の社交は、ほぼ会食だったと痛感している。

私は3月に『日本外食全史』(亜紀書房)を上梓したが、調べる中で、会食という目的が外食店の歴史に大きな役割を果たしていることを知った。

日本初の料亭は、元禄年間(1688~1704)、文化人が集うために大坂で生まれた「浮瀬(うかむせ)」である。明治時代に生まれた西洋料理の築地精養軒、中国料理の偕楽園も、政財界人の求めでできた会合の場だった。

外食のもう一つの大きな目的は、空腹を満たすこと。最初にできたのは旅行者を受け入れる茶屋で、室町時代からある。江戸時代にはシングル男性が多い江戸で、天ぷらやすしなどのファストフードの屋台が発達した。定食屋や居酒屋も、日々の食を賄う目的を中心に発達していった。

日々の食は、コロナ禍で大幅に増えたテイクアウトで賄う方法もある。この機会に自炊を始めた人、料理する回数を増やした人も多い。空腹を満たすだけの代替方法はいくらでもある。

困るのはやはり会食。広いテーブルに離れて座れる店や、席の間にアクリル板の衝立を立てる店もある。それが味気ない、と思った時点で「時代遅れ」と身を縮めるしかない。食事の席で距離を取ることが、やがて通常のマナーとして定着するのだろうか。

庶民にとって、外食が日常化したのは、ファミレスなどのチェーンが生まれた1970年代以降。それまで会食は家でもてなす場合が多かった。コロナで外食できないなら、そういう時代に戻ればいい、というわけには、しかしいかない。

料理の準備が大変、という問題は外注で解決できる。困るのは、お互いの飛沫が防げないことだ。アクリル板を常備する家はあまりないだろう。むしろ無礼講になって「濃厚接触」が増え、感染リスクは高まるかもしれない。

コロナ禍で改めて考えたいのは、この無礼講問題である。身分制社会で生まれた、酒をともなう会食で心の垣根を取っ払う風習は、それこそ「時代遅れ」と見なしたほうがいいのではないか。

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