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船橋洋一 国力あっての防衛力、防衛力あっての国家 新世界地政学135

20世紀初頭、7つの海を支配していた英国をドイツが激しく追い上げていた。ドイツの意図は何なのか? ドイツは脅威なのか、いや、もはや敵国なのか?

1907年、エア・クロウという英国外務省きってのドイツ通の外交官が個人的「所感」をしたため、要所に送った。ドイツは欧州で覇権を追求し、その後、世界の支配を構想している。ドイツは英国にとって脅威として立ち現れてきている。もはやドイツの意図を詮索してもムダである。その能力が問題なのである。

クロウは、そのように結論づけた。

一国のパワーは意思と能力の総和として投射される。そして、そのパワーは相対的である。しかし、時に、国々のバランス・オブ・パワーが激しく変化することがある。そうした時、相手の能力をしっかり見据え、勢力を均衡させ、相手に力によって現状を一方的に変更できると思わせないようにしなければならない。今こそ、防衛力を強化する時である、とクロウは説いたのである。

平和を保つ上で最も大切なことは、抑止力を維持・発展させることである。戦わないために常に戦える備えをしておくということである。

クロウの洞察は、現在の日本にとって重要な示唆を与えている。日本に脅威を与えうる周辺国の中国、北朝鮮、ロシアのいずれも専制主義国であり、個人独裁体制を特徴としている。そのような体制においては、政策決定過程は不透明であり、意図は予測しがたい。従って、これらの国々に対しては意図よりも能力を中心に把握し、同時に、こちらの能力を的確に把握させることがなおさら重要になる。

20世紀の戦争は「総力戦」となった。経済力と技術力がモノを言うようになった。それは今も変わらない。2010年代以降、中国が経済超大国として台頭するにつれ、戦略的補助金、軍民融合、経済的威圧など経済を地政学的目的のために使い始めた。ウクライナ戦争では、ロシアと西側がエネルギーと金融を主戦場に経済制裁を繰り出した。経済力を守り、育て、必要な時にはそれを使って攻める経済安全保障政策が求められている。

今世紀の「総力戦」はサイバー空間においてもっとも熾烈に戦われることになるだろう。現在、国々は、国力を示す指標として「国家サイバー力」を重要な指標と見なし始めている。

今後、「国力」を決する分野とは

「国力」の概念をダイナミックに捉える必要がある。国力は、革命的な技術革新とイノベーションが起こるとき、それらを大胆に活用することで非連続に増大する。1990年代以降のデジタル革命を最大限利用した、中国のリープフロッグ発展戦略がその典型である。

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