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ブタ約720頭、ニワトリ約140羽……北関東「家畜泥棒」事件の真相

700頭以上の牛豚と無数の鶏は誰が盗んだのか?ベトナム人「群馬の兄貴」アジト潜入で見えた事実。/文・安田峰俊(ルポライター)

<この記事のポイント>
▶︎不法滞在者のベトナム人はフェイスブック上に複数の大規模なコミュニティを作っており、約2・5万人が参加している
▶︎2020年の夏以降、北関東一帯では家畜や果物の大規模窃盗が表面化し、世間の関心を集めている
▶︎その主犯格と目されたのが、39歳の“群馬の兄貴”を名乗るベトナム人だったが……

安田峰俊

安田氏

「マフィアの拠点かもしれない」

抜けるような青空の下、畑とビニールハウスがどこまでも広がっていた。近くの空き地では、車体の左前方がひしゃげてナンバーがむしり取られた軽自動車が朽ちるに任され、周囲にはずいぶん以前に遺棄されたらしきブラウン管テレビやラジカセの残骸が散らばっている。

「今から行く場所はマフィアの拠点かもしれない。警察のガサ入れ後だから、僕らには危害を加えてこないと思うけれど、油断はするなよ」

2020年11月13日午後、群馬県太田市郊外の新田上中町。レンタカーから降りた私は、通訳を務めるベトナム難民2世の青年・チー(23)にそう声をかけた。土の付いた太いネギが葉を伸ばす畑の脇を通り、小さな戸建てが4棟並び建つ貸家へと向かう。

2棟目と3棟目が、目当ての人々の住処のようだった。インターホンを鳴らしても反応はなかったが、玄関脇に放置された生ゴミがまだ新しい。洗濯物も干されっぱなしである。しかも2棟目の家屋の縁側のサッシ戸の外には、中国西南部の少数民族やベトナムの農民がよく吸う巨大な竹製の煙草パイプが、サンダルとともに放置されていた。放し飼いにされているニワトリが、あたりを走り回っている。

「Có(コ) ai(アイ) không(コン)?(誰かいますかー?)」

相変わらず反応はない。だが、縁側のサッシ戸の鍵が開いていた。そっと開けて室内の様子をうかがうと、煙草の吸殻と飲みかけのペットボトル、公共料金の督促状の束が目に入った。とりあえずスマホを構え、写真におさめている――と。

突然、襖が開き、髪を茶色に染めた東南アジア系の青年が顔を出した。表情が露骨に不機嫌そうだ。

「おい。お前たちもブタの盗難の件で来たんだろう? 仲間が捕まってから、日本人の記者どもが大勢、写真を撮りにきて気分が悪いんだ。さっさと出ていけ!」

ベトナム語で激しくまくし立てる青年を、通訳のチーと一緒に粘り強くなだめる。

やがて、言葉が通じることやチーが同世代であることに安心したのか、彼は次第に態度を軟化させていき、ついに「上がれよ」と屋内に迎え入れてくれた。

青年は25歳のヴァン(仮名)と名乗った。故郷のベトナムに妻と幼児(おさなご)を残し、2018年に来日。名古屋の建設現場で技能実習生として働いていたが、低賃金と劣悪な労働環境に辟易し、約1年前に実習先から逃亡したという。

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逃亡者たちの集団生活

ヴァンのように不法就労・不法滞在者と化したベトナム人の若者は、「b(ボ)ô đ(ド)ôi(イ)」(部隊、兵士)と呼ばれている。日本で奮闘し、ときに入管や警察と対峙する自分たちを兵士になぞらえた表現だ。

彼らはフェイスブック上に複数の大規模なコミュニティを作っており、たとえば「ボドイ・グンマ・ジャパン2018」という代表的なグループには、正規のビザを持つ技能実習生らを含めて約2.5万人が参加している。

名古屋を離れたヴァンは知人の家を転々として不法就労を続けていたが、コロナ禍で失職した。結果、2~3ヶ月前にフェイスブックのボドイ・コミュニティでこの貸家を知り、他の同胞たちと共同生活をはじめることになった。

ボドイたちの隠れ家であるこの貸家は、専有面積が1棟60~70 平米ほどで、間取りは3DKである。家賃は1棟あたり月4万円で、光熱費を加えた金額を居住人数で頭割りする。住む人間が増えるほど金銭的に楽になる仕組みだ。

もっとも、実際に上がりこんで観察する限り、快適な住居とは言いがたかった。古い木造住宅に特有の饐(す)えた臭いと、肉や米の臭い。さらにベトナム人労働者たちの体臭や煙草臭やアンモニア臭が混じった独特の臭気が、マスク越しですら私の鼻孔に飛び込んでくる。

日本人の大家(73)に取材したところ、4~5年前に賃貸契約を結んだ相手は流暢な日本語を話す在日ベトナム人の会社員で、しっかりした人物に見えたという。

だが、やがて貸家で数人のベトナム人の若者たちが生活しはじめた。そのうち、コロナ禍のなかで大家も知らぬ間に居住者が急増。2020年10月時点では、20~30代のボドイの男女がなんと19人も集まり暮らすようになっていた。

「みんなコロナで失業したのさ。入管に出頭済みの仲間も多くいた。でも、航空便が減って帰国手段がほとんどないからと、家に帰されたんだ。なのにこの前、警官がいきなり大勢やってきて、13人も逮捕した。何がどうなっているんだ?」

煙草をふかし続けながらヴァンは愚痴った。この大規模摘発(後述)では彼自身も入管法違反容疑で逮捕されたが、余罪がなくすぐ釈放されたという。

兄貴ハウスの部屋

逮捕された「群馬の兄貴」

2020年の夏以降、北関東一帯では家畜や果物の大規模窃盗が表面化し、世間の関心を集めている。

『上毛新聞』(10月27日付WEB版)などによれば、9月末までに群馬県内でブタ約720頭、ニワトリ約140羽、ウシ1頭とナシ約5700個などの盗難が確認され、被害総額は約2700万円に及んだ。また埼玉県でブタ約130頭の盗難被害があったように、家畜と果物の被害は群馬・埼玉・栃木県境の半径50キロの地域に集中していた。

生きた家畜の窃盗は、犯人ら自身が適切な食肉処理をできるか、もしくは家畜を転売できるルートがあるかでなければ成立し得ない。

しかし、現代の日本の家畜は工場におけると畜検査が義務付けられ、過去の病歴までも1頭ずつ精査される。来歴が不明の盗難家畜が、と畜工場で食肉処理されることは決して簡単ではない。

ゆえに、生きた家畜を捌(さば)ける技術を持つ外国人が関与した可能性が囁かれた。だが、明確な証拠が出ないまま、季節は秋を迎えていた。

ところが、10月26日になって情勢は大きく動く。太田市新田上中町――。すなわち私が訪ねた2棟の貸家に、群馬県警の捜査員およそ180人が向かい6時間にわたり家宅捜索。居住していたベトナム人の男女19人のうち、13人を逮捕する大捕物を展開したのだ。

容疑は入管法違反(不法残留)だったが、主要メディアは警察筋の情報を引く形で、北関東の家畜窃盗事件との関係を書き立てた。貸家の床下からは約30羽の冷凍ニワトリが見つかり、さらに牛刀やモデルガン・金属バット・模造刀などの「武器」も押収された。

主犯格と目されたのが、39歳の自称カラオケ店経営、レ・ティ・トゥン容疑者だ。

彼はフェイスブック上で“群馬の兄貴(Anh(アイン) Cá(カー) Gunma(グンマ))”を名乗り、豚や果物の写真と値段を掲載。買い手を募っていたとされる(逮捕後、投稿の多くは何者かにより削除された)。

家畜窃盗は揃って否認の謎

“兄貴”の逮捕は、日本国内で大きな話題になった。理由は“群馬の兄貴”という名前のインパクトに加えて、左手いっぱいに彫られたタトゥーとスキンヘッドという彼の外見が個性的すぎたためだ。

なかでも、ベトナム人ばかり3000人以上ものフレンドを持つ彼のフェイスブックページのヘッダー画像は、インターネット上で少なからず話題になった。

まず、上半身裸でマッカーサーさながらのアビエーター・サングラスを掛け、銃らしき物体を手に立つ“兄貴”。彼の左隣では、モヒカン刈りの金髪で胸にタトゥーを入れた男が、諸肌(もろはだ)脱ぎになり巨大な刃物を手にしている。さらに “兄貴”の右側にも、ガラの悪そうな青年3人が刃物や角材を手に侍(はべ)っている。

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「群馬の兄貴」ことレ・ティ・トゥン容疑者(左から2人目)

容疑は入管法違反とはいえ、堅気(かたぎ)に見えない集団が一網打尽にされた。これと前後して、群馬県太田市由良町や館林市、埼玉県上里町三町などでも、アパートの室内でブタを解体したというベトナム人技能実習生やボドイたちが、入管法違反やと畜場法違反などの容疑で次々と逮捕された。

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