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清武英利 くちなしの人々 記者は天国に行けない

物分かりのいい記者になるな——「国税庁」二重の守秘義務の欺瞞/文・清武英利(ノンフィクション作家)

1

 太陽が天頂に達するころになっても、国税庁は曇り空の下にあるような、ひんやりとした空気が流れている。そこは大蔵省(現・財務省)の外局で、太平洋戦争さなかの1943(昭和18)年に竣工した、重厚な大蔵庁舎の5階にあった。

 役所にはそれぞれ匂いと独特の空気がある。東京本社に赴任してから、地方部内信課で科学技術庁と建設省を、社会部で新宿警察署と警視庁を回っていたが、1989(平成元)年春から三年間担当した国税庁ほどよそよそしく、暗鬱な印象を与えるところはなかった。

 色褪せた赤絨毯を踏んで螺旋階段の最上階へと昇る。職員数約5万6000人、12の国税局(沖縄国税事務所含む)と524の税務署を抱える日本最大の国家公務員組織(自衛隊は特別職)の本拠である。仄暗い板張りの廊下を歩むと、西側の角に国税庁記者クラブがあり、その隣には12人ほどの職員でスシ詰めの広報課、その前に便所があった。

国税庁が入る財務省の建物 ©時事通信社

 膨大な情報を貯め込んだ直税部(現・課税部)や調査査察部からは遠く、万歩計をぶら下げた部長が五階の長い回廊を巡り歩いて、そこまでオシッコをしにきていた。

 彼らの部屋の前にはちゃんと便所が設けてあるので、「なぜ幹部がこちらまで遠征してくるのか」と職員に聞くと、あれは万歩計の歩数稼ぎですよという。執務室の「離れ」の趣のあるその辺りは、心静かに朝顔に向かうには具合がよかったのだろう。記者たちはまとめて隅っこの部屋に押し込まれた風情である。

 昭和が終焉し、3パーセントの消費税がスタートしていた。私は早々に壁に突き当たっていた。国税庁担当を命じられる社会部記者の取材を阻む壁だ。役所や彼らの自宅に赴くと、幹部たちは口を揃えて、

「国税調査官は法律で二重の守秘義務を課せられています。税の問題はプライバシーに関わることでもあり、事案のことは何も話すことはできません」

 と素っ気なく言うのである。

 当時は毎日、午前中に国税庁の赤絨毯を踏み、午後は徴税の現場である東京国税局や、千代田区役所のそばにあった関東信越国税局(現在はさいたま市にある)を回って、夜は課長クラスの自宅を次々に訪ね歩いていた。

 国税担当記者には、大蔵省幹部職員住所録と国税庁、東京国税局の課長級の住所が記載された職員録が渡されていたから、警視庁記者のように刑事の自宅を割り出す手間もない。これはありがたいと思ったが、どこをどう歩いても彼らの答えは同じだった。

 国税庁の役割について、長官を務めた近藤道生が、日経新聞の「私の履歴書」にこう書いている。

〈国税庁は、税務行政をつかさどるだけではない。税務調査を通じて隠された犯罪、反社会行為を暴くという一面も持っている〉

 つまり、税収の確保に加え、税務調査を駆使して国家の“正義”を実現しているというわけだ。だが、警察や検察庁と決定的に異なることは、暴いたその事実を彼らが公表しないことだ。国税庁広報課や東京国税局広報室は、所得隠しや申告漏れの統計は発表するが、個別事案は明らかにしないのである。

 その広報資料によると、東京国税局査察部は5日に1度の割合で脱税事件を摘発し、東京地検へと告発している勘定だった。

 つまり東京周辺だけでも5日に1度は強制調査――要するにガサ入れ――という徴税権力が振るわれているのだが、その実態はさっぱりつかめない。政治家や大企業に対する税務調査の内幕は見当すらつかなかった。

「うちは沈黙の官庁ですから」とキャリア官僚は誇らしげに語るのである。

2

 国税幹部と酒を飲み、カラオケに行く。彼らの締めの十八番(おはこ)は、

 〽くちなしの白い花

  おまえのような花だった

 と繰り返す渡哲也の『くちなしの花』だった。「僕らは口無(くちな)しなのです。だから話すことはできません」という意思表示なのである。

 確かに国税調査官たちは、国家公務員法第100条(秘密を守る義務)で漏洩が禁じられ、国税通則法第127条によって更なる守秘義務で縛られ、罰則が設けられていた。

「なるほどね、二重の守秘義務に守られているから、政治家や大企業は所得隠しを公にされることなく、枕を高くして眠れるわけだ」

 と私が悪態をついていると、いつもにこやかな中堅職員が妙に真面目な顔をして言い放った。

「二重の守秘義務なんてものに騙されちゃいけないよ。あれは魔除け、記者除けの言葉みたいなものです。公益のためであれば事案の公表だってできるんですよ」

 私はびっくりした。諭すように彼は言った。

「国税庁が脱税の個別事件を教えていた時代さえあったんです。『今日はここに査察(強制調査)が入りました』と担当者が記者クラブに知らせに行っていたんですから。記者さんたちはマージャンをやっていて、『ああ、そこに紙(メモ)を置いておいて。後で見ておくから』なんて具合だったらしいです。国税記者クラブがさほど競争のない平和なころですね。ところが、仙台国税局が医療法人から守秘義務違反だと訴えられて、急に口をつぐむようになってしまった」

 訴訟の発端は、1972年に仙台国税局が福島県の医療法人を査察した後、国税局の調査査察部長が新聞社三社の取材に応じたことだった。医療法人の脱税行為を部長は教え、新聞に載った。

 この医療法人は約2000万円の所得隠しについて修正申告をしたのだが、刑事告発はされなかったことから、これは国税局の守秘義務違反だとして訴え、12年に及ぶ論争になった。

 結局、東京高裁が1984年、国家公務員法の守秘義務は正当な理由があれば免除されるという判断を下した。同時に、「国税局の職員は、租税犯罪の一般予防などもっぱら公益をはかる目的で、社会通念上相当と認められる限度において、知りえた事実を記者の取材に応じ、公表することも許される」とも判示した。

 当局が守秘義務を盾に情報公開を拒む姿はいつの時代も変わらない。東京高裁の判決は、安易に続くその風潮に警鐘を鳴らし、守秘の範囲を大幅に緩和する内容だったのである。だが長期裁判に懲りた国税当局は萎縮し、貝のように口を閉じた。文字通り、「くちなし」になったのである。

「現場の国税職員がちょろちょろ余計なことはしゃべるな、というわけですね。でもそれでいいんですか」

 前出の中堅職員が語る。国税庁は一握りの大蔵省キャリアと国税庁キャリアを、現場のノンキャリア職員が支える三層構造の階級社会である。

 中堅職員の口調は説教に近いものだった。

「納税者のプライバシーを漏らさないのは大原則ですが、その一方で、日本の申告納税制度を守るために、国税組織は現実に何をしているのか、時には、正すべき脱税疑惑があることを国民の前に明らかにし、理解を得なければならないはずだよね。国税庁には広報の義務もあるんですよ。キャリア官僚から言えば、『俺たちが仕切るから、下っ端は黙っていろ』という意識でしょうが、隠してばかりでは国民の信頼は得られませんよ」

 その後の皮肉っぽい言葉は今も忘れない。

「物分かりのいい記者になってはだめですよ」

 もともと私は二重の守秘義務という言葉など信用していなかったし、素直な質でもなかった。だが、彼ら現場組の説教や警告は、警察回りの日々に流されて、「記者は権力の監視役である」という硬質な言葉を忘れかけていた私を、強く刺激した。

3

 国税庁職員の特質を一言で現した言葉がある。

〈税務職員は「正直者には尊敬の的、悪徳者には畏怖の的」でなければならない〉というのである。

 これは東京国税局が1953年、職員に部外秘で配布した201ページに及ぶ冊子の一文で、その精神はいまも職員たちに引き継がれている。タイトルは「税務職員の心得」という。戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の監督指導の下にスタートした、新たな税務行政の解説書であり、税務職員としての根本的な考え方や態度についての指導書でもある。

 第3章の〈民主的税務職員はどうあるべきか〉の項には次のような一節がある。

〈公務員は礼儀正しく、親切丁寧でなければならないことは当然であるが、とくに税務職員の任務は納税者が刻苦精励して獲得した、「命の次に大切」な、「惜しみても余りある」財産を徴収するにあるのであって、通常の態度であっても、なおかつ納税者の気持ちを刺激するものであるから、納税者に接するには言語動作を慎み、礼儀を重んじ、親切丁寧と誠意をもってしなければならない〉

「惜しみても余りある」財産を徴収する輩が税務職員なのである。だから真面目に仕事をしても一部の人にはひどく嫌われる。それを覚悟して生きよ、というのだ。

 私は担当した直後に、彼らと新宿で飲んでいて、飲み屋のママにうっかり、「この人たちは国税局の人なんですよ」と口を滑らしたことがある。

 国税職員は小声で「うちの会社」という言い方をする。それを聞いたママに、「こちらさん、どちらの方かしら」と尋ねられたのである。彼女は目の前の客の素性を知るや、眉を夜叉のように吊り上げた。

「何よ、あんたたち、税務署?」

 と言うなり、「ウー」と唸ってビール瓶の底でドンとテーブルを叩いた。まるで親の仇、いや年貢を取り立てに来た代官一味に出会ったかのようだ。私たちはほうほうの体で逃げ出した。

 サラリーマンは給料から所得税や住民税を毎月差し引かれているので、徴税の痛みを感じることが少ない。それに加えて、われらクラブ記者は役所の人間を受け入れて取材にかかるから、どこかに役所への親近感が生まれ、国税組織や徴税に対する批判精神が薄れがちになる。

 だが、確定申告を義務付けられる事業者や一般納税者はそうではない。わざわざ税務署まで出向き、面倒な申告書を書いて(今は電子納税もあるが、これまた極めて複雑だ)、目の前で税金を取られるのである。ママの剣幕を見て、国税ウオッチャーたる自分と納税者感情の落差を強く意識して取材しなければならない、と痛感した。

 前述の「税務職員の心得」には、脱税を摘発する国税査察官に向けて、こんな言葉もあった。

〈査察官は悪質脱税者を相手とするのであるから、不正断じて許さずという鉄の手をもっていなければならない。しかし、鉄の手をむき出しにするのは悪魔である。鉄の手を持っていればこそ、その態度はあくまで懇切丁寧に上品にやらなければならない。鉄の手に上品な絹の手袋をはめなければならない〉

 それを読んで、つらつら考えた。

 ――国税職員とはプリズムのように多面的な存在だ。実直な税務署員がいて、鉄の手に上品な絹の手袋をはめた人々の末裔たちがいる。守秘義務を盾にする官僚がいれば、一方に、物分かりのいい記者になってはだめだ、と説く者がいるのか。

 初めのころは、沈黙を美徳とする特異な組織のどこで、誰からどう情報を引き出せばいいのか、それさえつかむことができず、考え込むばかりだった。

 当時の私には10日に1度ほど宿直当番が巡ってきていた。国税幹部の夜回りを終え、手ごたえのないまま、東京・大手町の古い読売新聞東京本社の社会部に上がる。午前2時半を回り、朝刊の締め切りは過ぎている。長い1日を終えて、ほっと息をつく。地下工場で輪転機がうなりを上げていた。

 インクの匂いが立ち昇る新聞のゲラを手に、裏口から社を抜け出す。ビルの谷間で開く屋台でおでんをつつきながら思った。

 ――さて、明日からあいつらをどうやって落とそうか。

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