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【全文公開】世界の構造を知る 本郷恵子さんの「わたしのベスト3」

東京大学史料編纂所教授の本郷恵子さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。

『古文書学入門』は1971年初版、97年に古文書例文の増補や語彙の補訂等を行った新版が刊行された。古代~中世の古文書の様式や解読を学ぶための基本図書で、大学の古文書学の授業等で一貫してテキストとして使われてきた。古文書とは、差出者と受け取り手のあいだでのコミュニケーションの手段である。それがどういうスタイルをとるかは、両者の力関係や書かれている内容の性格、背景となる社会における支配や規範の形態に左右される。1通の文書の中にこめられた多様な情報を通じて、世界の構造を知ろうとするのが古文書学だといえるだろう。

 著者の佐藤進一氏は、2017年に100歳で逝去された。私自身は面識がないのだが、錚々たる先生方が、佐藤先生がどんなに怖い師で、凄い研究者であるかを、折々に語っていたのを思い出す。

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 1983年刊で、ついさきごろ文庫化された『中世の罪と罰』は、その佐藤門下の俊英たちの手に成る。4人組と呼ばれた彼らは、過去をあきらかにするにとどまらず、「中世社会」という知られざる世界を描き出した。本書は犯罪を切り口に、穢れ・境界・無縁・異形等について縦横に語る。単独では異端として黙殺されてしまいそうな思い切った説が、互いに補助線を引き、読みほどく営為を通じて社会的な訴求力を獲得した。不肖にして、佐藤氏の学統を次代に伝える力のない私としては、せめて上記の2冊をお勧めして中世史ブームの再来を願いたい。

『沙羅乙女』の舞台は、日本が日中戦争に踏み込んでゆく1930年代。主人公の町子は、発明マニアで身上(しんしよう)をつぶした父のために、小さなタバコ屋を営んで生計を支えている。朗らかに家事をこなし、工夫を重ねて小商いに精を出す、このまことに殊勝な娘を、著者は数々の理不尽に曝し、「気の毒で感心な女」と総括する。獅子文六作品の、おおらかさと表裏を成す、無頓着とも鈍感ともとれる一面が、令和の時代だからこそ見えてくるのではないか。



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