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本上まなみさんが今月買った10冊の本

人と人の繋がり

『ツナグ 想い人の心得』は吉川英治文学新人賞受賞作の、続編。一生に1度だけ死者との再会を叶えてくれる使者〈ツナグ〉。一族に代々受け継がれるこの役割を、祖母から託された青年・歩美。前作で高校生だった彼が、今回の続編では社会人2年目という設定に。それだけで胸がじんとしてしまう。

死者と生者の邂逅にはルールがあり、依頼を受けた使者が相手方と交渉、両者の合意があって初めて対面が叶います。一世一度の機会は「今だ」と決意した依頼人。彼らが歩美に語る言葉の向こう側に、それぞれのかけがえのない人生が浮かび上がってきます。

会いたい人に「私も会いたい」と言ってもらえる嬉しさ、思い残したことを伝えられる喜び。読み進むうちに悲しみも切なさもまぜこぜになった感情があふれてきました。と同時に、自分の胸のあちこちにある詰まりが取れていくような快感も。

面白かったのは、血縁者や恋人など生前に親交があったという関係でなく、面識が全くないという人に会いたいという依頼人のエピソードでした。少し明かしてしまうと、依頼人は歴史研究家の老人で、相手は生きていた時代がそもそも違い、当然ながら依頼者のことは全く知らないという人物だったのです。果たして死者にどう交渉するのか?そもそも言葉は通じるの?やきもきしながら見守る展開となりました。

歩美の成長ぶりを追いかけるのも愉しい小説、是非1作目と併せて手にとることをおすすめします。

『脳科学者の母が、認知症になる』は、著者の母親がアルツハイマー型の認知症になり徐々に記憶を失っていく様子を2年半に渡りつぶさに記録、考察した一冊です。認知症について知る機会がなく、ただただ不安に駆られていたのが、この本を手にしたことで少し冷静になれた気がします。

混乱や誤認などの症状は、どうして起きるのか。当事者の持つ不安感を周りの人はどうすれば和らげられるのか、など日常生活で実際に起きたことを例に挙げ、母親の様子や、共にケアに携わっている父親からの視点等々、実践と検証が丁寧になされていきます。食卓などリラックスした状況で過去の思い出が蘇ってくることが多い、散歩を日課としたことで初期にあったうつ症状が改善された、という記述も印象的です。

一番ショックを受けているのは当事者。脳の損傷はどうにもできないが、落ち込んでゆく感情面をケアすることで緩和される症状もあるということ。失われていくものだけに囚われていた私は、《理解力が衰えてなお、残っているものが、母が人生の中で大事にしてきたものなのではなかろうか?》という著者の気づきに、はっとしました。

《できなくなっていくことと同時に、生物として大事な「感情」というシステムを使って、その人がどう生きるか、私はそれを見守っていこうと思う。結局母は生涯、母なのだ》。著者ならではの視点が生かされた、非常に意義のある一冊だと思います。

『ほんのちょっと当事者』を読むと、自分も実はいろんなものの“当事者”だということに気づきます。

仲間や家族で知恵を出し合い今は元気に過ごせているけれど、この先は誰にもわからない。日本は?他の国と仲良くやっていけるのかな。子どもたちの未来はどうなるの?もやもやの心配は尽きません。

著者が手を伸ばし掬い上げた困りごとのひとつひとつは、どこかでわたしの困りごとにも繋がっている。彼女のするように、心を傾け、共に考えようと試みることはできるだろうか。難しいかもしれないけれど、やるべき価値は十二分にあると思いました。今よりもほんのちょっとでも優しい社会になっていくために。

《わたしは社会の一員として生きている。というよりも、社会とはわたしが生きることでつくられている》

この感覚、大事にしたい。子どもたちにもシェアしたい一冊です。

「今月買った本」は橘玲、森絵都、手嶋龍一、本上まなみの4氏が交代で執筆いたします。

(2020年5月号)


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