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中国共産党の「野望と病理」 アリババを襲った不倫スキャンダル|高口康太

打ち砕かれた政府とIT企業群の蜜月関係。そのきっかけは女性問題だった。/文・高口康太(ジャーナリスト)

60兆円の時価総額が消し飛んだ

世界の企業の時価総額ランキングを見ると、上位はGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)と呼ばれる米国のIT企業によって占められている。

米国以外でトップテンに名を連ねているIT企業は、メッセージアプリのテンセントとEC(電子商取引)のアリババグループ、中国企業2社だけだ。とくにアリババは、毎年11月11日に「独身の日」と呼ばれる世界最大のネットセールを主催していることで、日本でも広く知られる。2020年の取引額は約8兆5000億円。日本の楽天市場での2年分の取引が、わずか1日に凝縮されているのだ。

情報革命が進む世界を支配する巨大IT企業。それを擁しているのは米国と中国、この2ヶ国だけで、情報産業において、中国がアメリカと対抗しうる実力があると見なされているのは、アリババ、そしてテンセントの存在が大きい。

この両社を筆頭に、中国経済を牽引する中国IT企業群は、中国共産党の権力基盤とも大きく関係してくる。共産党は強大な軍事力を背景に中国を支配しているが、それだけで支配の正統性を主張することはできない。一党独裁が中国と人民に恩恵をもたらすという物語が必要だ。かつては日本をはじめとする帝国主義から人民を解放したことが、正統性を担保した。現在はそれに加えて、米国に比肩しうる経済大国、IT先進国へ躍進させたということが、新たな「神話」として語られている。

ところが7月1日の建党100周年の記念式典を前に、その正統性に影を落としかねない事態が起きている。

アリババ、テンセントの株価が下落しているのだ。原稿執筆時点でアリババは過去1年の最高値から34%減、テンセントも27%減と大きく落ち込んでいる。60兆円の時価総額が消し飛んだ計算だ。新型コロナウイルス対策の金融緩和で世界の株価は大きく上昇し、中国経済が他国に先駆けて回復基調に乗っているなかで、異様とも言える値動きだ。

さらに中国版ウーバーイーツこと配送アプリのメイトゥアン、中国版グーグルこと検索サイトのバイドゥなど、二強に続くIT企業も弱含みで推移している。本来ならば建党100周年の祝賀ムードもあいまって、上昇トレンドに乗っていたはずだ。一体何が起きているのだろうか。

その答えは「政府とIT企業の緊張の高まり」である。経済繁栄という正統性の象徴であり、情報革命を支える巨大IT企業は、中国共産党と蜜月だと考えられてきた。だが今、その関係にひびが入っている。

アリババには今年4月、独占禁止法違反により182億2800万元(約3100億円)という巨額の行政制裁金が科された。調査が始まって以降は、中国を代表する偉人として人々の尊敬を集めていた創業者の馬雲(ジャック・マー)が公の場から姿を消し、逮捕説まで流れる騒ぎとなった。アリババだけではない。テンセントなど他のIT企業への圧力も高まっている。

中国IT企業を揺るがし、ひいては中国経済全体にも影響を与えかねない状況だが、一連の動きはなんと不倫から始まった。

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世界最大のネットセール「独身の日」

不倫のニュースが消えた

「これが最初で最後の警告よ。これ以上、うちの旦那を誘惑し続けるようなら、もう遠慮はしない」

これは2020年4月17日、中国版ツイッターとも呼ばれるソーシャルメディア「ウェイボー」に書き込まれたメッセージだ。ありふれた痴話ゲンカが、瞬く間にトップニュースとなった。

それというのも、第一に、このメッセージは芸能人なみに人気がある美人インフルエンサー(ネット上の著名人)、張大奕(ジャン・ダーイー)宛てに送られたものだったこと。

そして第2に過去の書き込みを見ると、夫らしき男性としてアリババグループの幹部である蒋凡(ジャン・ファン)らしき写真が掲載されていたためだ。つまり、中国トップ企業の幹部と、美人インフルエンサーの不倫を、幹部の妻が暴露したわけだ。

このニュースはアリババにとってきわめて不都合なものだった。たんに幹部の不倫ゴシップというだけではない。アリババが特定企業の商品に肩入れしているという疑念を招くもので、ECサイトの公平性をゆるがしかねないものだったからだ。

張大奕はアリババのネットショップで女性向けの下着やアパレル用品を販売する事業を手がけており、彼女が共同創業者の如涵ホールディングスには、アリババも出資している。出資だけでも不公平ととられかねないのに、幹部との肉体関係まであったとなれば大問題だ。

その焦りからだろうか、トップニュースとなっていたこの不倫事件は、突然、ウェイボーから消えた。実はウェイボーはアリババグループが株式の30%超を持つ系列企業だ。その影響力を行使して、騒ぎを収めようとしたのではないかと、別の疑惑が持ち上がったわけだ。

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美人インフルエンサー、ジャン・ダーイー
Instagram@milksmellbestより

当局も警戒する影響力

この事態に警戒感を募らせたのが中国共産党中央宣伝部だ。メディアの指導と検閲、世論の監視を担当する部局である。不倫事件後に改めてアリババの持つメディアへの影響力を調べたところ、ウェイボーだけではなく、新聞社、テレビ局系列の動画配信企業、映画配給会社、ウェブメディアなど、多くのメディア関連企業と資本関係を持ち、強い影響力を持っていることが確認された。

中国において新聞やテレビなどのメディアは「党の喉と舌」(中国共産党の代弁者)と呼ばれている。メディアを通じて世論を誘導するのは党の専売特許だったはずが、気がつけば巨大IT企業が、自社に不都合なニュースを人々の目から消し去るほどの実力を備えていることに中国共産党は驚いたという。

国家インターネット情報弁公室はウェイボーへ自主的な管理改善を命じたが、話はこれだけでは終わらなかった。中国共産党中央宣伝部の徐麟(シュー・リィン)副部長は、「中国共産党の領導を弱体化させる動きを断固防止しなければならない。資本による世論操縦のリスクを断固抑止しなければならない」と発言。その後も中国共産党及び中国政府の大方針に、「独占禁止の強化と資本の無秩序な拡張の防止」という文言が盛り込まれた。

中国の独占禁止法に詳しい、神戸大学の川島富士雄教授は、不倫事件が中国共産党が巨大プラットフォーム企業規制へと乗り出す契機になったと指摘する。

中国を代表する作家・魯迅は1925年の評論「フェアプレイには早すぎる」において、「水に落ちた犬は打て」と論じた。旧世代の官僚や知識人に情けをかければ、必ずや後に害をなす。徹底的にたたきのめさなければならないと説いたのだ。この言葉は後に、「失敗し弱体化した者によってたかって徹底的に追い打ちをかける」ことを意味するようになった。

中国繁栄の象徴であり、世界的企業として実力を持つアリババが、不倫事件というアクシデントによって水に落ちた。中国政府といえども一枚岩ではない。IT企業群に肩入れする勢力もあれば、やりたい放題だと苦々しい思いで見ていた勢力もあった。アリババが水に落ちた途端、これまで反感を抱いていた者たちが一気に表舞台に躍り出て、棍棒を振り上げた。こうして事態は拡大していく。

乖離する企業と政府の思惑

さて、ここまでの説明に疑問を抱く読者の方もおられるのではないか。「中国の企業はすべて中国共産党の支配下にあるのではないか」と。

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