見出し画像

「歯周病」の恐ろしさは歯を失うことではない。全身の臓器の重大疾患を引き起こす!

万病のもと「歯周病」に気をつけろ——。/天野敦雄(大阪大学歯学部教授) 取材・構成=長田昭二

<summary>
▶︎歯周病には大きく「不潔性」と「感染性」の2種類があり、厄介なのは感染性の歯周病
▶︎歯周病の恐ろしいところは、歯を失うだけでなく、歯や歯茎とは一見接点のなさそうな全身の臓器に起きる重大疾患と大きな関係を持っていること
▶︎健康長寿のためには歯周病を予防することが不可欠ということは歯科だけでなく医科を通じた医療界全体の共通認識になってきている

天野顔写真2

天野氏

「予防歯科」と「予測歯科」

私が診療科長を務める大阪大学歯学部附属病院の予防歯科では、3つの専門外来を開設しています。「口臭外来」「禁煙外来」そして「予測歯科外来」です。3つ目の予測歯科という診療科は、あまり聞き馴れない名称だと思います。それも当然のことで、これは5年ほど前に私が作った名称。予測外来という専門外来を標榜している歯科医院はいくつかありますが、いずれも私の教室の出身者です。でも、これからの日本の歯科治療、いや医療全般、もっと言えば社会保障制度を考えるうえで、とても意味のある診療内容だと思うので、ぜひ皆さんにその内容を知っておいてほしいと思います。

「予防歯科」と「予測歯科」は似た名称ですが、中身は異なります。

歯みがき剤のコマーシャルなどでも使われている「予防歯科」は、う蝕(虫歯)や歯周病など、口の中の病気を未然に防ぐことを目的に、定期的な歯科健診の受診や正しい歯みがきを励行する取り組みのこと。

一方の予測歯科で私が対象とするのは、現状では歯周病に限定されます。その人が将来歯周病になるリスクがあるか否かを科学的に検証し、「リスクあり」と診断された人のみを対象に、その危険性を軽減する取り組みを進めていく非常に新しい歯科領域なのです。詳しく解説していきましょう。

画像4

画像はイメージです

歯周病菌は“肉食系”

皆さんは、なぜ歯周病に限定して予測をするのか――という疑問を持たれるのではないでしょうか。答えははっきりしています。歯周病が、その発症を予測できるから、です。

その説明をする前に、まず歯周病という病気についておさらいをしておきましょう。

歯周病とは、歯周病菌が歯垢や歯肉などの歯周組織に生着、増殖することで歯周組織が破壊される病気です。進行すると歯肉が炎症を起こし、歯が抜けていきます。

私が大学を卒業した昭和の終わり頃は、歯医者の仕事と言えば「虫歯治療・入れ歯治療」が花形で、歯周病治療はマイナーな存在でした。また、「予防」という考え方自体も、当時の歯科には馴染まないものでした。「治療をするのが歯医者の仕事なのに、みんなが予防に取り組んで、虫歯の患者が減ったら商売にならない」などと、半ば本気で言われていた時代だったのです。

そのため、今50代半ばより上の世代の人は「歯科=虫歯治療」というイメージを強く持っていて、「歯医者は、痛くなったら行くところ」と考えている人も少なくないのです。事実、当時の歯科医師は治療を終えると「虫歯は治ったので、痛くなったらまた来てください」と患者を送り出していたものです。

しかし、日本歯科医師会による8020運動(80歳の時点で自分の歯を20本残すための取り組み)などが功を奏し、近年は若い世代を中心に虫歯の患者は大きく減少しました。その一方で増加を続けているのが歯周病なのです。

歯周病には大きく「不潔性」と「感染性」の2種類があります(私が作った分類で学会未承認)。不潔性とはその名の通り、ろくに磨かずに放置しておくことで歯周組織に炎症が起きる病気。これは1週間も風呂に入らなかったら頭が痒くなるのと同じことで、シャワーを浴びて髪を洗えばさっぱりするように、歯石を取ってきれいに歯を磨けばよくなります。

今回お話ししたいのは、もう一方の感染性の歯周病についてです。これは歯周病菌という細菌に感染し、細菌が歯垢に棲み付き、歯周組織に悪さをすることで起きていく病態。これは簡単には治せません。

感染性の歯周病の原因である歯周病菌と、虫歯の原因の虫歯菌は、まったく性格が違います。虫歯菌は皆さんご存じの通り、甘いものとデンプンを好みます。だから食べた後の歯みがきが大事なのです。ところが歯周病菌はそんなものには興味を示しません。彼らが主食とするのはタンパク質と鉄分。つまり“肉食系”なのです。そしてタンパク質と鉄分を豊富に含む物質が口の中にはあります。血液です。歯磨き不良で歯垢が溜まって歯周病が始まると、歯と歯茎の間に歯周ポケットと呼ばれる隙間ができます。歯茎の炎症によって出血が始まると、ここに血液が溜まります。そうなると歯周病菌は大喜びで歯周ポケットの中で増殖していきます。歯を磨くと血が出るのは、歯ブラシで溜まっている血を押し出すから。歯磨きの出血は歯周病の始まりのサインなのです。

ところで、先ほど歯周病が進行すると歯が抜け落ちる、と書きましたが、じつはこれは歯周病の終末像ではありません。歯周病の恐ろしいところは、歯を失うだけでなく、歯や歯茎とは一見接点のなさそうな全身の臓器に起きる重大疾患と大きな関係を持っている点なのです。

歯周病が増悪因子になる全身疾患は、糖尿病や関節リウマチなど、細かなものを入れれば100を超えるといわれています。以前は、これらの病気の患者に歯周病を持っている人が多い――という相関性のみが指摘されていたのですが、近年では双方を科学的に結び付ける因果関係が解明されてきています。

画像5

画像はイメージです

糖尿病悪化の隠れた原因

中でも糖尿病と歯周病の関連は科学的に裏付けられており、現在では代謝内分泌内科などの医科の診療科で糖尿病と診断された患者は、歯科に送って歯周病の有無を確認し、歯周病があればまずその治療を行うことを、日本糖尿病学会が指針として示しているほどです。

続きをみるには

残り 5,294字 / 4画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください