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完全失業率、自殺者数…第二波到来の「損失シナリオ」|三浦瑠麗

★前回の記事はこちら。
※本連載は第33回です。最初から読む方はこちら。  

ウイルスとの共存

 前回は、日本における新型コロナウイルスの三つの感染シナリオを出しました。そもそも、ウイルスは人や動物に寄生しないと生きていくことができません。ウイルスなりの生存戦略をとっているのでしょうが、強毒性だと宿主をすぐに殺してしまうし、感染力が弱すぎると増殖できない。ふつうの風邪のコロナウイルスは、人をほとんど殺さずに共存戦略をとるということで、人にとってもウイルスにとっても良い結果なのだといえるでしょう。

 新型コロナウイルスは季節性のインフルエンザよりも難しい病気である、と発言される医療関係者が少なくありません。急に悪化する症状などをはじめ、しつこくて実害があるからでしょう。また、感染が急速に広がったときに重症者全員を看ることができるのか、という問題もあります。

 しかし、同時に多くの医療関係者は、このウイルスとは共存していかなければならないとも指摘しています。強毒性のSARSのように初期に猛威を振るって「消える」ことが期待できない以上、人間ができることにはどうしても限りがあるからです。幸い、前回の記事で述べたように致死率は思ったよりも低いのですし、皆が大勢の飲み会を控え、石鹸で手洗いしたことで3月後半には山を越えたのですから、第二波に対する対応は、これらの知見を踏まえたところからスタートすべきです。

 緊急事態宣言が解除されたら石鹸で手を洗わなくなった、という人はほとんどいないはず。ならば、現実的に社会に対して自粛を要請する前の感染力とはどれほどのものであるか想定をおいたうえで、経済活動を抑制しないような合理的なリモートワークと衛生観念の導入からスタートする、という視点が大事です。ですから、第二波における要請の出し方は第一波が与えた影響を踏まえて真剣に再考する必要があります。

エコノミストによる今後の完全失業率予測

 そこで、第二波が観測されたときに人々が第一波と同じことをした場合の経済被害と人的被害のシミュレーションをしてみたいと思います。まず、失業率に関してはGDPの成長率が失業率を決定するとされるオークンの法則が存在します。非常に便利ですが、注意すべき点としては、このオークンの法則だと決定係数が低く、粗々の失業率予測しか出ないことです。世の中に出ている予測では、第一生命経済研究所の永濱利廣氏のレポートによれば、民間エコノミストのコンセンサス通りに 2020 年のGDPが 25 兆円以上減ると仮定すれば、リーマンショック後の+113 万人を上回る+130 万人以上の失業者が発生する、としています。すると、失業率は4.3%となります。

 大和総研のレポートでは、感染が年末まで続く場合は、雇用者が301万人程度減少し、失業率が6.7%程度に達することも言及されています。このように、今後感染が長期化するかどうかの見通しによってエコノミストは失業率の予測を出しています。

帝国データバンクのDIによる予測

 GDPのマイナス幅は、感染症がどのように広がるか、そして人々が今後どのように行動するかにかかっています。そこで、ここからは、帝国データバンクの平峰芳樹氏による一橋大学のディスカッションペーパー「TDB景気動向調査を用いた完全失業率の予測」(2020年6月)に示された調査研究の結果を用いて、毎月の景気動向を追いかけ、今後の経済予測を修正・更新していきたいと思います。

 帝国データバンクは、毎月約2万3000社を対象に景気動向調査を行っています。平峰さんは、月次の雇用過不足DI(正社員)がちょうど3か月後の完全失業率と非常に相関が高いことを示し、現時点までの観測データで、今年の5月から8月にかけて2.78%→3.20%→4.08%→4.28%と急速に完全失業率が悪化するという予測を示しました。

 さらに景気DIも3か月後の完全失業率と相関しますが、消費税増税のインパクトから回復する間もなく、新型コロナウイルス感染者数の増大に伴い、グラフの通り今年2月から急激に悪化しています。

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*帝国データバンク月次調査の景気DIをもとに山猫総研作成

 感染者数が増大すれば人々は出歩かなくなり、経済活動も抑制されて消費も落ち込みますが、政府が働きかけた結果として失われる需要もあります。緊急事態宣言が出され、第一波と同じことが起きるとすれば、感染者数増加のシミュレーションで月ごとの景気DIをある程度予測することが可能です。今年の2月から5月にかけて、景気DIが落ちるとともに、失業率と相関の強い雇用過不足DIも落ちていました。景気悪化のスピードはリーマンショックの倍以上、企業で人手が不要になるスピードは3倍以上です。

 こうした予測に基づき、前回お示しした三つの感染シナリオに基づいて予測を行い、将来の完全失業率を算出します。楽観シナリオでは感染者数が今後ずっと毎月1000人程度にとどまると想定します。すると、景気は少し回復しますが、感染症が終わらないため、年始よりも下がった状態で推移します。すでに述べた通り、景気がいったん底を打った5月までの雇用過不足DI(正社員)で失業率は8月に約4.3%まで悪化するという予測が出ており、コロナ以前から景気後退が始まっており、この雇用過不足DIが正社員に対するものであることを考えると、8月時点の完全失業率が年内に回復するとは考えにくい。上述のエコノミストのコンセンサスにも近いこの数字を年内の失業率予測としてはまず採用すべきでしょう。

 悲観シナリオでは、今年10月後半から11月にかけて第二波が来て感染者が急増し、2020年春よりも圧倒的に多くの月30万人(ピーク時)もの感染者が検査で判明する(=市中にはその10倍の300万人の新規感染者が出る)と仮定します。すると感染の山が来る11-12月に、景気DIは13.8まで下がります。この時の下がり幅は第一波よりも大きく、年内は4.28%からそれほど大きく悪化しない可能性があるものの、来年2月ごろの完全失業率の予測は、景気DIによるより精度の低い見積もりでは6.1%程度となります。

 最悪シナリオでは、ピーク時は月60万人以上もの新規感染者が検査で判明する(=市中にはその10倍の600万人もの新規感染者が出る)と仮定します。そうすると、景気DIは夏前に少し回復するものの、9月には11.36と急激に悪化します。そうすると、3か月後にあたる年末の失業率予測は平峰ペーパーによると6.3%です。

 これらの帝国データバンクによる予測値を、実際の雇用過不足DI(正社員)などで毎月修正しながら、3か月後の失業率を精緻に予測していくことが可能です。

失業率上昇による自殺者増加の試算

 また、ここで紹介した失業率予測から経済不況による自殺者増加数の見積もりをします。自殺者に関しては、2020年5月の参議院の事務局調査情報担当室の前田泰伸氏による試算が有用です。日本における自殺について、OECD諸国の中では男性比率が高く、また経済的な理由による自殺が多いと言われています。前田ペーパーでは、各都道府県において完全失業率が1ポイント上昇すれば自殺死亡率が3.53上昇するという結果が出ました。これを現在の日本の人口に当てはめると、完全失業率が1ポイント上昇するごとに4236人の自殺者が増えるという想定になります。

 帝国データバンクの雇用過不足DIや景気DIが3か月遅れで失業率に反映されることに見て取れるように、完全失業率は、経済のダメージに対して2、3歩遅れて反映される遅行指数です。経済的被害による自殺者数の増加は、さらにその失業率の遅行指数であるということに注意が必要です。

感染症の死者が感染拡大から1か月の単位で生じるのに対し、経済的損害を蒙ったことによる死者は年単位でしか測れないというところに、弱者が見捨てられがちな構図が存在します。長年自殺者を減らすための支援に取り組んでこられたNPO法人ライフリンク代表の清水康之氏が指摘する通り、新型コロナウイルスによる休校や休業で一時的に減った自殺者数によって安心してはならず、今後新型コロナウイルスに伴う経済苦や不安に起因した自殺者が増えることを予測すべきなのです。

経済による人的損失 三つのシナリオ

 では、いよいよ感染症の三つのシナリオに応じて経済の悪化による人的損失の予測を立ててみましょう。GDP抑制額は、第一生命経済研究所の永濱利廣氏の三つのシナリオの試算に基づいています。

・楽観シナリオ:第二波は到来しない。自然免疫や交差免疫を想定すると日本におけるCOVID-19の感受性は低く、経済活動を再開しても高齢者施設や病院で小規模なクラスターが発生するにとどまる。2020-2021年に超過死亡は発生せず、インフルエンザの流行年よりも全国の死者数は低下する。新型コロナウイルスによる年内の死者はおよそ1200人。
→需要は6月から回復し、GDP抑制額は▲31.5兆円にとどまる。完全失業率は4.3%。年間の自殺者が最大で約8000人増えて、2万8000人になる。

 これからみるに、緊急事態宣言1か月分経済を止めたことによる致命コストはおよそ自殺者4000人分、1か月延長分の致命コストも追加的におよそ自殺者4000人分であったということになります。これは感染症による犠牲を上回るものです。

 もちろん、感染が広がった以上はある程度の需要減は自然に起きますし、インバウンドが消えたことによる被害はそもそも大きなものですから、すべての原因を緊急事態宣言だけに求めることはできませんが、3月末の景気DIはこれほど悪化していませんでした。「行動を8割削減」する期間に応じた人的損失を理解するにはこの数字を用いるべきでしょう。

・悲観シナリオ:今秋から冬にかけて第二波が到来する。秋から春にかけて2年間流行し、最終的に人口の1割=約1200万人が罹患して集団免疫に到達する。24万人が重症化し、2年かけて約2万4000~6万人がCOVID -19で亡くなる。インフルエンザ流行年の2~3倍の超過死亡が2年間にわたって発生する。重症化患者の一定数に後遺症が残る。年内の新型コロナウイルスによる死者は、1万3466~3万3665人。
→著しい健康不安のため需要が予測通り回復しないうちに第二波に突入し、再び行動制限が課された結果として、2020年のGDP抑制額は▲50兆円となる。完全失業率は4.2から5.8%まで悪化する可能性がある。来年2月ごろの完全失業率の予測は6.1%。2020年の自殺者が最大で1万3600人増えて、約3万3600人になり、2021年の自殺者数はさらに悪化、バブル崩壊後の日本経済停滞期のレベルが景気回復まで続く。

 悲観シナリオでは、社会に対して再び要請をする介入の時期、介入の度合いによって新型コロナウイルスによる死者数も、経済不況による死者数も左右される可能性があります。再び2か月間行動制限をすることによって、完全失業率はさらに2ポイント弱跳ね上がると想定されるため、上で述べたように自殺者を追加で増やしてしまいます。ちょうど年末商戦にあたるこの時期の需要をどれだけ削減するかによって、失業率はさらに悪化する可能性すらあります。国や都道府県が4、5月と同程度の経済対策を打つ余裕があるのかという問題も深刻な論点です。このシナリオで再度緊急事態宣言を発出することによって、明確に救えたと言える人命がどれほどなのか正確にはわからないのが難点ですが、ほかの死因を代替する分を除いた超過死亡を見ることによって、第一波、第二波の脅威をいまより正確に見積もることはできるでしょう。新型コロナウイルスによる死者を減らす場合、ワクチンがない中では感染を遅らせることにしかならないので、次の年や年明けに持ち越すことになります。第三波が年明けに来る可能性も想定すると、そこで再び緊急事態宣言を発出するときの経済的な致命コストが同様に倍々でかかることも踏まえておかなければいけません。

・最悪シナリオ:夏に第二波が到来、アジア地域の特異性は消失し、季節と関係なく多くの人が罹患し続け、1年半ほどで人口の4割=約4800万人が罹患して集団免疫に到達する。96万人が重症化し、約9万6000~24万人が死亡する。重症化患者の一定数に後遺症が残る。新型コロナウイルスによる年内の死者はおよそ4万~11万人。普通の肺炎などの毎年の死者(10万人弱)を一部は代替するが、超過死亡が発生する。
→個人消費に与える影響が長期化し、GDP抑制額は▲67.2兆円に及ぶ。年内の完全失業率はおよそ6.3%となり、2021年以降も経済は回復せず、数年にわたって自殺者が1万6000人以上現在よりも増え、毎年約3万6000人出てしまう。

 最悪シナリオは、一応頭の中に入れておくべきものでしょう。この場合はおそらく介入が正当化されることになるでしょうが、介入によってワクチンの開発と普及を待つしかないという弱点と、そもそも幾度もやってくる波を想定すると長期にわたって経済を停止することが現実的にできるのかという問題が頭に浮かびます。新型コロナウイルスが今後の変異も含めてどのようなウイルスなのかまだわからないので、危機管理をする人間はこのシナリオを頭の中に入れておくべきですし、それによる経済恐慌と長期的な景気停滞の影響を経済の専門家が試算しておくべきでしょう。

 ここまで見てくると、経済におけるダメージが感染症の恐怖そのものによって、人間の心理や行動を原因として生じていることが見えてきたと思います。政府に命じられなくとも、人々は一定程度行動を抑制し、引きこもり、経済にダメージを与えてしまうからです。そのため、感染症の恐怖だけを強調し、あとは自然に任せれば、パニックが起きたり、格差が拡大したり、貧富の差による感染症の致命リスクの差が出てしまいます。政府による介入が必要な理由は、人々の行動を制限するだけでなくて、感染症に対する適切な対応を設計する必要があるからです。

 政府がダメージを積極的に与えてしまう場合もあります。例えば、ロックダウン措置の出し方ひとつをとっても、混乱を招いたイタリアと、ドイツは異なるでしょう。感染者数だけでなく両国の経済損失の予測には大きな差が出ています。日本よりも「軽いロックダウン」で社会の混乱を防いだスウェーデンは、ある程度の規模の死者を出しましたがイギリスほどではなく、経済的な損失についてもイギリスを大きく下回ります。各国には高齢化率に差があり、防疫体制や医療体制に能力格差があるため、もともとロックダウンするかどうかだけで死者数をはかることはできません。しかも人口100万人当たりの新型コロナウイルス死者の割合は各国や地域によって大きく異なり、それが果たして対策による差なのかそれ以外の要因が働いているのか、現時点ではよくわからないのです。

 介入による経済・人命コストは今後の政策を練り上げるにあたって常に議論の中に含めておくべきでしょう。感染の広がりを遅らせることによって助けられる命と、第二波に対して厳しく対応することで生じる追加的な経済による死者数はある程度比較可能だからです。

 本稿では便宜的に三つのシナリオを示しましたが、もちろん中間的なシナリオもあります。楽観と悲観の間に存在するシナリオで第二波が来た時には、比較的対応がしやすいでしょう。しかし、その場合にも介入の経済・人命コストはタダではありません。政府はきちんと専門家のアドバイスを受けて対応を決めるべきです。

 弊社の調査によれば、現時点で約半数の人びとは、第二波を想定した時の対応についてもゼロリスクを志向しています。一方で、経済活動に生じる痛みは失業率が遅行指数であることも含めて、考慮に入れられない傾向にある。国民の意見は割れており、自然の成り行きに任せることができるわけでもない。1か月ごとに感染状況と経済状況を見極めながら、明確な方針を立てる必要があります。

1)2月から5月にかけての景気DIの下がり方を感染者数で説明しようとすると、データポイントは少ないものの、感染者の規模を示すlog10(感染者数)の関数として説明ができるのではないかということが見えてきました。

2)自殺者はどの時期を分析対象とするかで大きく予測が変わります。学術論文としてよく引用されるChen, Choi, Sawada(2009)は自殺者の推計がかなり高く出てしまいますので、用いませんでした。

3) 前田(2020)は2009年から2019年のパネルデータを用いて都道府県別の固定効果(都道府県の特性によって一定の自殺者が存在する)を計算式に入れ込んだ回帰分析を行っており、回帰式は1%の有意水準でも有意となり、決定係数は0.84と非常に高いものです。

4)Capital Economics “Nordic & Swiss Economics Weekly: Sweden is weathering Covid comparatively well,” 12 June, 2020. スウェーデンはハイリスクグループにのみ行動制限を課し、ほかの市民には通常の生活をできる限り送ってもらうというユニークな政策をとりました。スウェーデン経済は想定よりダメージが少なかったのですが、海外輸出やインバウンドによる国内消費の減少で経済には影響が生じています。上記レポートによれば2020年のスウェーデンのGDP成長率予測は▲7.5%です。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。

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