森功

森功「新・現代官僚論」 キャッシュレス決済 ポイント還元の考案者

 これほど欠陥の多い政策は見たことがない――。とある政府幹部がそうこぼしていた。それが、10月1日の消費税10%施行に伴う軽減税とキャッシュレス決済によるポイント還元策のことだ。8%から10%に消費税が2%上がっても、食料品は支払い金額の2~5%が戻って来るというから、行って来いか、うまくすれば3%分の減税になる。

 財務省は昨年12月、このポイント還元に必要な費用として2798億円の予算を査定し、今年の通常国会で予算計上された。このポイント還元の考案者が経済産業省の新原浩朗経済産業政策局長(60)である。先頃、菊池桃子の結婚相手として脚光を浴びた経産官僚といったほうが通りがいいかもしれない。還暦まで独身を貫いてきた仕事人間として、経産省内では有名だ。

 新原は安倍晋三首相の分身と呼ばれて恐れられ、首相の政務秘書官と補佐官を兼務する今井尚哉(61)の知恵袋だといわれる。安倍一強政権を支えてきた「官邸官僚」の注目株でもある。菊池桃子との結婚は、2015年にスタートした政府の「一億総活躍国民会議」事務局次長として、当時民間議員だった彼女にアドバイスしてきた縁からだそうで、今井―新原ラインで働き方改革などの政策を進めてきた。

 その新原政策の延長が、消費税増税に伴う2~5%のポイント還元なのである。痛税感を和らげるうえ、キャッシュレス化を進める政策だと胸を張る。だが、政府内の評判はすこぶる悪い。

「政府が最終の消費者にポイント還元分の助成をする。そこは理解できなくはありません。問題は小売業者や卸売業者の分まで税金で面倒を見る仕組みになっていること」

 財務省をはじめ政府の役人たちはそう指摘する。一つの取引でいくつもの卸売業者をかませたら、ポイント分の血税が業者にわたる仕組みである。

「仮に5%還元として、A社が100万円の品物をB社に8%の消費税込みで108万円で売れば5万円、さらにB社からC社に約117万円で売ると、6万円近くが還元されます。つまりペーパー会社を次々と設立し、取引を延々と繰り返せば、補助金制度で、濡れ手で粟の大儲けができる。まさに反社が目をつけそうな制度になっています」

 その補助金2798億円について、財務省は官邸官僚たちに言われるがまま、予算の査定に付き合わされたという。おまけにその補助金が底をつきそうで、年明け早々にも補正予算を組まなければならなくなりそうな雲行きだといわれる。

 ポイント還元制度は、仕組み自体がややこしい。そのせいもあって、なかなか問題点がクローズアップされない。だが、政府内ではあらかじめこうした危険性を指摘する声があがっていた。今のところそれを防ぐ手立てもなく、見切り発車でポイント還元制度をスタートさせている。

 そこには、むろん無茶な政策をごり押しする官邸官僚たちの問題もあるが、それを止められなかった財務省もどうかしている。

◇◇◇

 戦後、長らく日本は官僚国家と呼ばれてきた。それは政治のだらしなさを皮肉った表現だともいえる。そこから、役人の言いなりにならない政治主導というスローガンが掲げられるようになり、官邸主導と呼ばれる安倍政権の現在にいたっている。

 財務省の公文書の改ざんをはじめ、防衛省の日報隠蔽、厚労省のデータ操作……。官邸官僚の台頭とともに、霞が関の役人たちの劣化が嘆かれて久しい。

 その一強政権の下、いまや霞が関を統べる官邸官僚たちは、首相や官房長官の威を借り、思うがままに政策を推し進めようとしている。それは究極の政治主導ともいえるだろう。

 だが、政治主導とはいったい何か、定義が定まっているわけではない。

 ときの政権は、常に政と官の微妙なバランスの上に成り立ち、政策が遂行されてきた。その政官の関係は、2000年に入る頃を境に大きく変化してきたという見方もある。それは日本の成長が止まった時期にあたる。

「バブルの崩壊もあり、いろんな見方があるかもしれないけど、基調としては2000年代に入るまでは経済全体が右肩上がりでした。日本は永遠に成長するという幻想を抱いてきた。自民党政権下、成長するプラスの果実をどうやって分配するか、政と官がそれを考えればいい。そこでは、役所がさほど素晴らしいアイデアを出さなくてもよかったのです。でも、そんな時代は終わり、役人の立場も変わりました」

 ある財務官僚は自虐的にそう言った。成長の果実をどのように分配するか、以前の官僚は政治家にその分配方法を提示すればこと足りた。したがって、分け前を巡って争うことはあっても、さほど大きな間違いはない。「官僚たちの夏」はまさにそういう時代に活躍してきた役人の姿を描いているが、換言すれば、それは官僚が優れているからではなく、時代がよかっただけなのだという。

 今の霞が関の官僚の体たらくは、むろん時代のせいばかりではないだろうが、日本がこれまで体験したことのない厳しい時代に突入しているのは間違いない。そして、いまだかつてない長期政権が誕生した。そんな現代の官僚は、時代に求められる姿とはずい分かけ離れているように感じる。

(連載第1回)
★第2回を読む。

■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。



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