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【虚飾のデザイナー小田嶋透事件#1】封筒の中の指|伝説の刑事「マル秘事件簿」

 警視庁捜査一課のエースとして、様々な重大事件を解決に導き、数々の警視総監賞を受賞した“伝説の刑事”と呼ばれる男がいる。
 大峯泰廣、72歳――。
 容疑者を自白に導く取り調べ術に長けた大峯は、数々の事件で特異な犯罪者たちと対峙してきた。「ロス事件(三浦和義事件)」「トリカブト保険金殺人事件」「宮崎勤事件」「地下鉄サリン事件」……。
 老境に入りつつある伝説の刑事は今、自らが対峙した数々の事件、そして犯人たちに思いを馳せている。そして、これまで語ってこなかった事件の記憶をゆっくりと語り始めた。/構成・赤石晋一郎(ジャーナリスト)

【同期】

 私が刑事を志したのは「七人の刑事」の影響を受けてだった。トレンチコートを着た刑事が地道な捜査をしながら事件を解決していくという、ハードボイルドなドラマだった。

 昭和44年に警視庁に入った私がどのようにして刑事になったかを話そう。

 新人警察官はまず交番勤務からスタートする。そこで自転車泥棒を捕まえ、交通違反を見つけて切符を切ることで点数をあげていく。そうしたなかで実績を上げた人間が、推薦される形で「刑事養成講習」へと派遣されることになるんだ。

 刑事養成講習を受けることが刑事への第一歩となる。約半年間の講習では「座学」で法律を、「実務」で捜査の基本を教わる。

 例えば実務では質屋まわりをする。質屋の台帳を見ていき盗難品がないかをチェックしていくんだ。時計の機械ナンバーをメモして、捜査担当に照会をかける。そうした手続きも含めて実務講習で学んでいく。

 刑事志望だった私は、実績が評価されて刑事養成講習を受けることが出来ることなった。この講習を受けることが出来るのは所轄で1人くらい。つまり刑事はそれだけ狭き門でもあった。

 各所轄から集められた刑事の卵たちは、やがて同窓として仲良くなっていく。私と気が合った男の一人に市原義夫がいた。

 麻布署からきた市原はヒョロっとした体形ながら、端正な顔立ちをした男前だった。弁が立ち、キレ者という雰囲気だ。

 彼は四課、つまり暴力団担当の刑事を志望しているという。捜査一課で殺しの刑事を目指していた私とは違うな、と思った。

 講習を終えると、「きょう飲むか!」と気の合う仲間たちと新橋・田村町にある居酒屋でよく飲んだ。

 事件の話、身の上話と、市原とはよく語りあった。

「おい、市ちゃんはどうやって刑事講習に推薦されたのさ」
「涙ぐましい努力をしたんだよ。俺は留置所担当だったんだけど、いつも刑事部屋に顔出してさ。みなに顔を覚えてもらえるように努力したのさ」

 留置所担当は刑事の基礎を作ると私は思っている。犯人の扱いを覚えることが出来る。私は市原の話にピンときてこう聞いた。

「お茶汲みしたんだろ(笑)」
「そうそう(笑)これがけっこう難しくてな。刑事全員の名前と、それぞれ使っている茶碗を覚えないといけない。お茶も渋いのが好きとか、人によって好みが違うんだよな」

 刑事は“お茶くみ3年”やって一人前になると言われている。下働きをすることで厳しい縦社会の仕組みを覚えるという意味に加え、これをやることで人間的な細やかさを身につけることが出来る。

「ある日さ。茶碗を洗って置いておいたら。その刑事さんが『俺の湯飲み洗ったの誰だ!』と怒り出して。私ですと言ったら『そんなんでデカになれんのか!』と凄い怒られてさ」
「どういうことなんだ」
「つまり茶アカが落ちるとツキも落ちるというんだ。『俺のツキが落ちるだろ!』と凄い怒られてさ」
「そりゃ、参るな(笑)」

 他愛もない話で酒杯を傾けた。

「いつか俺たちで、大事件を解決しような」
「そうだな、峯さん」

 私たちは真剣に学び、刑事という目標を実現させようと誓いあった。

 あの日から20年、私と市原はある事件で再会することなったーー。

【送られたきたブツ】

「指だっ! 指が出てきたっ。第一関節から切断されている。マル害(被害者)のものだろう!」

 神奈川県葉山、小高い丘に建つとある豪邸に怒声が響き渡った。

 郵送されてきた封筒の中に切断された指が入っていたのだ。

「ヒャッ」

 小田嶋透の妻洋子(仮名)の顔面は蒼白だ。

 豪邸の中で待機していた警視庁捜査一課特殊班が慌ただしく動き出した。

「鑑識に回せ! 小田嶋のものか確認だ!」

 封筒の中には脅迫文が入っていた。

〈オクサン バカナコトシタ ヤクソクマモレバ ナニモシナイトイッタノニ (中略)スグニ サツ テヲヒカセロ (中略) ダンナノ命モナクナル サツ イエニイタリ マワリウロウロシテイタリ スルカギリ キョウカライチニチオキニ ユビキル〉

 平成8年11月4日、渋谷署に一通の被害届が出されていた。小田嶋透という男が誘拐され、身代金5千万円が要求された。すでに6通の脅迫状が届けられていた。

 渋谷署から連絡を受けた警視庁捜査一課は、特殊班を出動させた。特殊班とは、身代金目的の誘拐やハイジャックなどへの対処を専門的に行うチームである。正式名称は捜査一課特殊班捜査係という。

 葉山にある小田島邸は、相模湾や富士山を一望できる高台にある豪邸だ。小田嶋は自称デザイナーで、豪邸を構え、ポルシエやアルファロメオなど高級外車を何台も所有するという豪勢な生活を送っていた。

 しかしこの誘拐事件、身代金目的とするには不可解な経緯があった。小田嶋はある事件の重要な容疑者だったからだ。

 同じ年の2月、東和証券渋谷支店営業課長代理の西村秀が、顧客から現金3億9千万円を預かったまま失踪するという事件が起きていた。西村は「キーエンス株のインサイダー情報がある。一晩で20%の儲けが出ます」と語り、金を集めたという。

 事件は経済事件を専門に扱う警視庁・捜査二課が捜査に着手していた。西村は周囲にこんな話をしていた。

「キーエンスの話は、顧客の小田嶋さんから持ちかけられた。株売買がうまくいけば新しいコンサル会社に契約金1億円で迎える、だから出資金を確保してくれといわれた」

 西村は金回りのいい小田嶋に憧れを抱いていた。だが、一方で一抹の不安も抱えていたようで、知人にこうも漏らしていた。

「海に死体が浮いたら僕だと思ってくれ。もし僕がいなくなったら、小田嶋さんのことを警察に話して欲しい」

 捜査二課は共犯、もしくは主犯の可能性を視野に入れ小田嶋への取調べを続けていた。その最中に誘拐事件が起きたのだ。

 小田嶋の事件は誘拐事件に切り替わり、捜査一課が乗り出し、特殊班が投入される。この特殊班で捜査にあたっていた刑事の一人に、あの市原義夫がいた。

 市原は所轄では暴力団担当刑事としてキャリアを積んできた。白いスーツを纏い“マルボウ刑事”らしい箔を演出したこともあったという。数々の実績をあげたことで警視庁捜査一課に呼ばれ、特殊班に配属されていたのだ。

 市原が回想する。

「犯人の現金要求の動きがノロノロしていてこの誘拐事件はどうにも不自然だなとみな思い始めたところに、指が送られてきたのです。照合すると確かに小田嶋本人の指だ。やはり誘拐か、と捜査陣は色めき立ちました」

【愛人】

 捜査一課長の寺尾正大は、ここである読みをする。

「小田嶋は指を切り落とされているから、どこかの病院には行っているはずだ。都内の病院を徹底的に洗おうじゃないか」

 54代目の一課長である寺尾は異彩を放つ指揮官だった。「オウム事件」や「ロス疑惑」を手掛けるなど輝かしい経歴を持つばかりではなく、警視庁首脳部や管理部門にも幅広い人脈を持つ。大仏のような風貌の通りの懐の深さを持ち、その鋭い判断力にも定評があった。

 各病院に確認電話を入れたところ、小田嶋が姿を消した9月25日以降に指を切断した患者は100人以上もいることが判った。裏付けを取り、絞り込んでいくと中野総合病院に一人怪しい男性が女性と来院していたという事実が浮上した。

 捜査員が病院で診察した医師に話を聞くと、男は「根本明彦」という保険証を提示したことがわかる。名前が違う。小田嶋の写真を見せても不確かだという。だが、小田嶋の愛人である下川幸子(仮名)の写真を見せると、「この人で間違いない」という。

 診察申込書から小田嶋の指紋が検出された。愛人と一緒にいる等の状況を見て、捜査本部は「小田嶋の誘拐事件は狂言誘拐」と断定する。

 愛人を自宅で確保した捜査本部は、取調官に市原を指名する。目的は一つ、愛人に小田嶋の潜伏場所を吐かせることだった。

 渋谷署4階の取調室に下川はポツンと座らされていた。

 下川は大きな目と暗い表情が印象的な女性だった。グレーのセーターにスラックスというシック恰好は、25歳という年齢以上の落ち着きを感じさせるものだった。

 市原はこう切り出した。

――あなたはさっきまで小田嶋と一緒にいたでしょう。どこにいたの?
「……」

――小田嶋が誘拐を装ったことは、もうわかっている。
「……」

 何を聞いても無言だった。

 山形出身の下川はデザイナーを目指して上京し、服飾関係の専門学校に通ったのち、下北沢の「マーマレード」という雑貨店に入社していた。マーマレードは小田嶋が関わっていた会社だった。フランス帰りのデザイナーとか、ピアニストを自称していた小田嶋は、「資産が10憶ある」「妻とは離婚調停中なんだ」と甘言を囁き下川に近づき、自分のアシスタント兼愛人にしていた。

 小田嶋は下川に家賃20万円のマンションを提供し、250万円もする外車シトロエンを買い与えた。昼は葉山の豪邸で妻と生活し、夜は“仕事”と偽り下川のマンションに入り浸るという二重生活を小田嶋は続けていた。

 無言を貫く下川に市原は苦戦していた。小田嶋の居場所を話せと言って、口を割る雰囲気ではない。取調室に入ってから、時間は4時間あまりが経過していた。

――小田嶋はいま隠れている。あなたがいないと病院にも行けない。このまま放置したら指から壊死してしまうよ?
「……」

――いまだって小田嶋は痛くて苦しんでいるぞ。麻酔も切れているだろう。助けてやろう
「うーーん……」

 市原は方針を変えていた。男にのめり込んだ女を引き剥がすことは困難を極める。小田嶋を助けようと語り掛けることで、愛人の「情」に訴えかけたのだ。下川の反応が少しずつ変化してきた。

――もし小田嶋が罪を犯していたら償わせないといけない。でも、いまは彼の命を助けることが先決だぞ。
「……」

――おまえは小田嶋を好きなんだろ?愛しているんだろ? 

 下川はコクリと頷いた。

――このままだと小田嶋は死んでしまうぞ。死んでしまうぞ!
「はい……」

――今まで一緒にいたな?
「はい……」

――どこにいたんだ?
「……」

――言いにくいか。口に出せないなら、ここに書きなさい。

 市原は紙とペンを渡した。

 下川は苦しそうに天を仰ぎ、筆を取った。

〈赤坂〉

 用紙にはそう記されていた。

――赤坂のどこだ? 小田嶋を助けよう。救急車を手配する。続きを書いてくれ。

 下川は再び静かにペンを取った。

〈キャピトル東急〉

 潜伏場所が割れたーー。

【正座して待つ容疑者】

 私は当時、捜査一課係長職にあり、オウム真理教の地下鉄サリン事件を捜査した後に、応援としてスーパーナンペイ事件の捜査に駆り出されていた。
スーパーナンペイ事件は平成7年(1995年)7月30日夜に東京都八王子市大和田町のスーパーマーケット事務所内で発生した拳銃強盗殺人事件だ。いまも迷宮入りしている難事件に、新しいアプローチから捜査できないかと試行錯誤をしていた。

 平成8年11月に寺尾一課長に呼ばれ、こう下命を受けた。

「小田嶋を逮捕してくれ」

 いきなり逮捕に駆り出されるというのは異例のことだ。寺尾課長はいずれ私を小田嶋の取調官として投入しようと考えていたようだった。

 小田嶋の事件は既に述べたように捜査二課から、捜査一課へと主体が変わっていた。誘拐事件が狂言と分かり特殊班は撤退し、“殺し”の線を捜査するために捜査一課の山城班が投入されていた。特殊班の市原だけが、愛人の取調べ担当として捜査本部に残留していた。

 小田嶋はキャピタル東急548号室に「根本明彦」の偽名で宿泊していると、市原から報告が上がっていた。

 私は大峯班の若い衆を引き連れて赤坂に急行した。

「おい小田嶋! いるのはわかっているんだ。警察だ。開けろ!」

 扉をノックしても無反応だった。

 フロントに協力要請を出し、扉を合鍵で開けて部屋に雪崩れ込んだ。

「小田嶋! 大人しくしろ」

 室内には痩せた長身の男が正座をして待っていた。

「小田嶋透だな。逮捕状が出ている」

 小田嶋は無言だった。ヤツは髭をそり落とし長袖Tシャツにスラックスという恰好だった。芸術家風といえば芸術家風の雰囲気はある。

 11月14日、小田嶋を逮捕。容疑は「有印私文書偽造、同行使」、偽名の保険証を病院で使ったことを逮捕の理由にしたのだ。

 キャピトル東急から1キロもない警視庁までヤツを連行すると、山城班に身柄を引き渡した。

 別れ際に私は小田嶋にこう言った。

「いずれお前と、また会うことになるぞ。覚えておけ!」

 逮捕を受け、渋谷署に設置されていた捜査本部は殺人捜査本部に再編成された。本筋は西村失踪への小田嶋の関与、そして小田嶋が西村を殺害して遺体を隠しているのではなかという「強盗殺人」並びに「死体遺棄」の疑いを解明することだった。

 捜査二課の調べでは小田嶋を落とすことができなかった。逮捕後、再び私は一課長から呼び出しを受けた。

「大峯、お前が小田嶋を調べろ」

 寺尾一課長は「頼むぞ」というと、私の肩をポンと叩いた。やはり来たか。

 オウム真理教の土谷正実を落としてから寺尾一課長と私の信頼関係はますます深くなっていた。“落としの大峯”という気恥しい仇名で呼ばれることもあった。

 だが、取調べは毎回真剣勝負だ。必ず落とせるとは限らない。狂言誘拐までする小田嶋は狡猾な男だ。しかし、相手にとって不足はなかった。

 私は取調室に入った。

――おう、人殺し。また会ったな。

 小田嶋は一瞬ギョッとした顔した。

――捜査二課の取調べは騙せたかもしれないが、一課には通じねぇぞ。よく覚えておけ!

 私はまずガツンと一撃をかました。小田嶋は二課で何度も取調べをして落ちないしぶとい男だ。オレの取調は今までとは違う、甘くないぞと、まずあいつに知らしめる必要があったからだ。

 二課の資料は頭の中に叩き込んである。小田嶋の人生は“嘘の世界”そのものだった。

 昭和32年北海道紋別市で生まれ、小学校教員の両親のもとで育った。高校を卒業後、東京芸術大学を受験するも失敗。フランスに渡りアカデミー・ジュリアン美術専門学校に入学し、パリで絵画やデザインを学ぶ。

 帰国した小田嶋はデザイン関係の会社に入社するも、いずれも直ぐに退職している。自ら靴の販売店などの事業を起こしたものの全て失敗している。株に手を出すも1億円以上の損失を出すという、成功者とは程遠い人生だった。

 やがて小田嶋はウソの経歴を周囲に語りだすようになる。

「僕はフランスの国立大を卒業しルノーでデザインの仕事をしていた」
「ジャンポール・ゴルチエの代理人だった」
「サザンオールスターズやイルカ、B’zなどの作詞作曲をゴーストライターとして手がけている」
「上智大学の教授をしている」

 もちろん、全てウソだ。

 小田嶋は仕事をしている実態がないのに何故か金回りだけはよく、葉山に豪邸を立て、妻には月100万もの大金を渡して優雅な生活をさせていた。西村の行方がわからないことについては「FBIの証人保護プログラムを真似て、別人になって暮らしていると思います」等とシレっと答えている。

 捜査二課の調べに対して小田嶋は「先物や株で儲けた金がある」と答えていたが、彼が株で一億円の損失を出していることしか警視庁では掴めなかった。

 さらに重要な事項が二課の資料には記されていた。小田嶋は過去にも万世橋署で取調べを受けていたのだ。

 平成2年、金融会社「新誠商事」社長の荒居修が、架空の株式上場話を持ち掛け出資者から4憶5千万円を集めたまま失踪したという事件があった。荒居はサントリー株が上場するというインサイダー情報を語り、都内の会社社長から金を集めたという。

 荒居は内縁の妻に封書を託していた。中には「自分に何かあったら小田嶋に聞いてほしい」と書いてあった。まさに、西村のケースとまったく同じ展開だ。

「野郎、同じ手口で金にしたな」

 私は独りごちた。

 だが、いま逮捕状が出ている私文書偽造は微罪だ。拘留期間も10日、長くても20日あるかないか。口から出まかせをいい、のらりくらりと話す小田嶋を「強盗殺人」で落とすというのは難しかった。

 私は突破口を模索した。

――なぜ偽装誘拐なんてしたんだ。
「誘拐は、すべて僕自身がでっちあげました」

――奥さんは知ってたのか。
「はい。私の指示通りに」

 思わず絶句してしまった。

 夫婦ぐるみで警察を騙そうとしていたのだ。小田島の自宅には盗聴器が仕掛けられ、警察の動きは全て把握していたと、も話す。

――なんでそんなことをしたんだ。
「すべては詐欺事件の取調べから逃れたかったからですよ」

ここまではスラスラ話す。

――西村はどこにいる?
「彼が金を集めていたことも、持ち逃げしたことも僕は一切関係ありません」

――心当たりはないのか。
「知りません」

――最後に会ったのはいつだ?
「2日5日。小淵沢の貸別荘まで彼を送って行きましたが、それ以降のことは知りません」

 小田嶋は次のように説明した。

〈西村に頼まれて小淵沢の貸別荘を借りた。2月5日、二人は砧公園で落合い、小田嶋の車ホライゾンで小淵沢に借りた別荘に向かった。西村は大きめのアタッシュケース2つとボストンバック1つを後部座席に積み込んだ。西村が誰かを騙して億単位の金を持って逃げようとしていることは既に分かっていた。別荘に送り届けて、小田嶋は帰宅した。4月に島根県消印の絵葉書が送られてきた。「SEE YOU NEXT LIFE」と書いてあった。差出人はなかったが西村だと直感した〉

 SEE YOU NEXT LIFE――、つまり西村は自死したと小田嶋は言いたかったらしい。そんな馬鹿な話があるはずがない。私は小田嶋の狡猾な物言いにストレスを溜め始めていた。

(#2に続く)

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