司馬遼太郎『坂の上の雲』とインテリジェンス 明石元二郎と広瀬武夫
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司馬遼太郎『坂の上の雲』とインテリジェンス 明石元二郎と広瀬武夫

司馬遼太郎の名作を読み解く短期集中連載の第4回。日露戦争の“情報戦”で活躍した2人から見える“日本のインテリジェンス”とは。/片山杜秀(慶應義塾大学教授)×佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

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▶明石は「インテリジェンス=主」で「作戦=従」ですが、広瀬は「作戦=主」で「インテリジェンス=従」と対照的
▶インテリジェンスをめぐっては2つの考え方があって、これを「テクネー(技術)」と捉えるか、「アート(芸術)」と捉えるかの違いがある
▶『坂の上の雲』は「忍者小説」の延長線上にある

★前回を読む。

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片山氏(左)と佐藤氏(右)

広瀬の“英雄的な戦死”

佐藤 今回のテーマは「明石元二郎と広瀬武夫」です。日露戦争に関わる“情報戦”において活躍した2人を取り上げたいと思います。

片山 この分野はまさに佐藤さんのご専門ですので、明石と広瀬の話を糸口に、「インテリジェンス」「スパイ」「諜報活動」といったテーマについても、ぜひご教示いただきたいと思います。

佐藤 まずは2人の基本的なプロフィールを押えておきましょう。

明石は、1864年生まれの陸軍情報将校です。陸軍大学校を卒業後、ドイツ留学、フランス公使館付陸軍武官などを経て、1902年にロシア帝国公使館付陸軍武官に着任します。日露戦争開戦後にロシア公使館が中立国スウェーデンのストックホルムに移転すると、以後、ここを拠点に活動しました。

片山 帝政ロシアの弱体化を図るために、機密情報を集め、ロシア国内だけでなく、ロシア周辺国の革命勢力を支援した、いわゆる「明石工作」を展開したわけですね。

佐藤 広瀬は、海軍軍人で、秋山真之と同じ1868年生まれ。海軍兵学校卒業後、1897年にロシアに留学し、その後、同国駐在武官となります。この間、英独仏なども視察し、ロシア情勢だけでなく、ヨーロッパ情勢全般も広く把握しました。1902年に帰国した後、日露戦争に戦艦「朝日」の水雷長として出征し、旅順港閉塞戦で行方不明の部下を捜索中に戦死します。

片山 広瀬はその“英雄的な戦死”によって“軍神”として崇められ、神社もつくられましたね。

そもそも司馬さんが『坂の上の雲』で明石と広瀬を取り上げたのは、おそらくロシアとの関係を描くのに、秋山兄弟だけでは足りなかったからです。

広瀬は、秋山真之との関係で、物語の初めの方から登場しますが、明石の方は、途中から突然登場してきて、彼の話が延々続くような章が出てきます。当初の構想にはなかったのかもしれませんが、この2人を上手に使えば、小説世界を拡げられると、どこかで思ったんでしょう。

佐藤 そして、この2人を取り上げるのに対比的に描いているのが、司馬さんらしいところですね。

明石、広瀬

明石元二郎(左)と広瀬武夫(右)

対照的な2人

片山 まず明石は陸軍で、広瀬は海軍ですから、ちょうどいい。

佐藤 情報活動の重点もやや異なっていて、明石は「インテリジェンス=主」で「作戦=従」ですが、広瀬は「作戦=主」で「インテリジェンス=従」と対照的です。

片山 広瀬が開戦前に戦闘に役立つ“事前情報”を集めたのに対して、明石が従事したのは“謀略活動”だ、ということですね。

それと、日露戦争中に戦死した広瀬と、日露戦争後、1919年まで生きて、台湾総督、陸軍大将にもなった明石とでは、死に方も対照的ですが“記録の残り方”も対照的なのが面白いです。

佐藤 明石は、日露戦争後、参謀本部に提出するための報告書(明石復命書『落花流水』)を書いています。陸軍部内で長く極秘扱いされ、参謀教育用に参謀本部内で活用されてきたものですが、要するに“自分の秘密工作を自分で報告したもの”だから、誰も検証しようがない(笑)。

片山 “他人に知られてはならない秘密工作”ですからね。しかし「明石工作」については、これを元にさまざまなことが語られてきました。

佐藤 司馬さんも『坂の上の雲』で「明石はレーニンと面会した」「明石はレーニンの友人だった」と書いていますが、明石が本当にレーニンと接触できたかは、明石の手記以外に傍証できる記録がありません。

片山 『坂の上の雲』にはこういう印象的なシーンまで出てきます。

〈滞欧中、ある会合の席で明石が葉巻を喫っていると、レーニンが、――君はいい煙草をすっているなあ。と、ひとこといった。明石はその葉巻をもみ消してすてた。レーニンのいう意味がわかったからであった。労働者を指揮してゆくには一本の煙草にも注意せよというのが、レーニンのいわば訓戒だったのかもしれない〉〈かれはレーニンを評して、「主義のためには至誠純忠、ただ眼中国家あるのみで身命なく、まして私利私欲などはすこしもない。今後革命の大業を達成する者はおそらくレーニンであろう」と、日露戦争のあと、語った〉(第4巻)

素直に読めば、明石はレーニンに実際に会っただけでなく、その実力をいち早く見抜くだけの先見性をもっていたことになり、このエピソードは、小説全体のなかでもかなり重要な意味をもってきますが、実は創作でしかないわけですね。

佐藤 おそらく、この種のやりとりをレーニンとは違う他の誰かとしたのでしょう(笑)。エピソード自体には一定のリアリティがあって、完全な創作とは思えない。「明石工作」の「成果」を示すために“誰が言ったのか”の部分だけ変えてしまったのではないでしょうか。

明石は言ってみれば“アラビアのロレンス”。超人的な活躍ぶりが語られますが、どこまで本当の話かは分かりません(笑)。

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レーニン像

『ロシヤにおける広瀬武夫』

片山 一方、広瀬に関しては、明石とは対照的に、ロシアやヨーロッパ赴任中に何をしたかが、伝記的にきちんと追えるだけの記録や資料が残っています。

佐藤 その膨大な資料を実際に丹念に追ったのが、島田謹二の名著『ロシヤにおける広瀬武夫』で、司馬さんも『坂の上の雲』で広瀬を描くのに多くを依拠しています。

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