観月_修正

小説「観月 KANGETSU」#21 麻生幾

第21話 

 ガス橋殺人事件 (5)

★前回の話はこちら
※本連載は第21話です。最初から読む方はこちら。

「マルガイの真田の書斎に入った時、床の上に、カレンダーが伏せられてその上から雑誌が置かれていたこと、気づかれませんでしたか?」

 「いや、見てない」

 萩原の表情が一変し、険しいものとなった。

「自分、ふと気になって、恭子が箪笥から夫の衣服を出して萩原主任に説明を始めた時、そっと雑誌を動かしてカレンダーを見てみたんです」

「そしたら?」

 萩原は答えを急がせた。

「5日前、9月30日の欄に、乱雑な文字でどこかへ出かける予定が書き込まれていました。その文字が余りにも汚かったのですぐに分からなかったんですが、『キツキ』という文字だったと、ついさっき理解しました」

 砂川は、上着の胸ポケットから取り出した小さなノートに2つの漢字を書いてみせた。

「杵築、こう書かかれていたんです」

「それって、もしかして大分県の杵築? そうだ……確か、妻の恭子が、かつて夫婦は大分県に住んでいて、マルガイは大分県の公務員と言ってたな――」

 萩原が言った。

「そうです。九州の小京都と呼ばれる杵築です。私の同期が去年、旅行に行っています。ノスタルジックな武家屋敷街がある、ステキなところだったと――」

 菜摘が抑制的な雰囲気でそう説明した。

 頷いた砂川が続けた。

「自分も先日、テレビで観ました。なんでも、その杵築で、近く、『観月祭』という古くから伝わる祭りがあるということを――」

「観月祭?」

 萩原が訝る表情を作った。

「これです」

 機転も良くスマートフォンを急いで操作した菜摘が、ディスプレイを萩原に向けた。

 そこには、橙色に灯された幾つもの行燈がずらっと石畳の上に並ぶ幻想的な光景が映し出されていた。

 しばらく考える風な表情をしていた萩原が口を開いた。

「祭りのことはともかく、とにかく、ガイシャの真田は、5日前、ここへ行った――」

「明日、恭子に聞きます」

 砂川が力んだ口調で言った。

「恭子の一挙一動、目の動き、そのすべてに注目しろ」

 萩原が諭すように言った。

「注目?」

 砂川が聞き返した。

「お前が気になったのは恐らく正解だ」

 萩原は、砂川だけでなく、菜摘の顔も見渡した上で続けた。

「覚えているだろう? 恭子は、オレたちが訪問した、その時、しばらく奥へ引っ込んだ。その時だ。夫の書斎に入って、恐らく、カレンダーをひっくり返し、重石に雑誌を置いたんだ」

「隠した、そういうことですか?」

 菜摘が慎重な口調で訊いた。

 頷いた萩原がさらに続けた。

「しかも、まだ何かある……恭子は何かをもっと隠している……」

 その時、水島課長が声を上げる声が聞こえた。

「みんな、聞いてくれ!」

 萩原たちが捜査本部の部屋に戻ると、捜査本部員たちがドタバタとした雰囲気で水島課長を含む幹部たちが座る雛壇席の前に集まっているのが目に入った。

「マルガイの身元についての新しい情報が今、本部の警務部から入った」

 そう言って、誰からか渡されたのだろうメモに水島課長は目を落とした。

「実は、マルガイの真田和彦は、かつて本官(ほんかん)だった」

 部屋中にざわめきが広がった。

 水島課長は構わずに続けた。

「10年前、大分県警を巡査部長で定年退職している」

「どこの部署ですか?」

 萩原が大きな声で質問した。

 一度、本部員たちを見渡してから水島課長が押し殺した声で口を開いた。

「警備部だ」

 ざわめきがさらに大きくなって部屋中に響き渡った。

(続く)
★第22話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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