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中国の成長は、これまでの経済発展論では理解できない/野口悠紀雄

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※本連載は第12回です。最初から読む方はこちら。

「リープフロッグ」は「キャッチアップ」と似ていますが、「先進国を飛び越えて先に行く」という点で異なります。中国は、これまでの経済発展論では説明しきれない発展をしています。

◆リープフロッグは、キャッチアップとどこが違うのか?

「リープフロッグ」の特徴は、「遅れていたことが有利に作用した」ということです。

 これは、「後発的利益」と言われることの一種です。

「後発的利益」論でもっともよく知られているのは、 「キャッチアップ」論でしょう。

 これは、経済発展を説明するモデルとして、最も広く受け入れられている考えです。

 では、「リープフロッグ」と「キャッチアップ」は同じものでしょうか?それとも別のものでしょうか?

 「キャッチアップ」論によれば、まず先進国が新しい技術を開発し、発展します。そして、遅れて発展する国が、それをモデルとして追いつきます。

 ところで、技術の発明と開発には、多大のコストがかかります。またリスクも大きく、成功するとは限りません。

 ところが、後発国は、そうしたコストを負担することなしに新しい技術を用いることができます。したがって、先進国より簡単に短期間で経済成長を実現することができるわけです。

 一般に、新技術の開発でもっとも難しいのは、その技術が実際に機能するかどうかが分からないという点にあると言われます。

 例えば、原子爆弾の開発で最も難しかったのは、「核分裂反応によって、兵器として使えるような爆発が生じるかどうか?」という問題でした。また、「爆発力が強すぎて、地球が崩壊してしまうのではないか?」との危惧もありました。つまり、「そもそも原子爆弾というものが実現可能なものなのか?」ということが最大の問題だったのです。

 アメリカが原子爆弾を作ったあと、他国が同じものを開発・製造するのは、さほど難しいことではなかったといわれます。

 経済発展の場合も同じです。新しい技術を利用した経済システムの可能性を先進国が実証した後であれば、それを真似すれば成功するだろうということが分かります。したがって、容易に発展することができます。

 以上については、リープフロッグもキャッチアップも同じことです。

 しかし、キャッチアップの場合には、先進国に追いつくことはできても、それを追い越すというメカニズムは働きません。

 リープフロッグの場合には、先進国を飛び越えてそれより先にいってしまうわけで、これが重要な違いです。

 こうしたことが起きるのは、技術の導入には社会的制度が対応する必要があり、古い技術体系に適応してしまった社会は、新しい技術に対応できないことが多いという理由によります。

「後から来る国は、更地にビルを建てるようなことができる」ということです。

 先進国の立場からすると、キャッチアップされるだけであれば、大きな問題とはなりません。しかし、リープフロッグされると、自分たちのほうが立ち後れてしまうわけで、大問題です。

 中国とアメリカの間で、AIなどについて、まさにその問題が生じようとしているのです。

 米中経済戦争の根底にあるのは、それに対するアメリカの強い危機感です。

◆日本はキャッチアップした典型的な国


 明治維新によって近代化を実現した日本は、先進国に追いついて列強の仲間入りをすることを国家的な目的としました。第二次大戦後の日本においても、先進国に追いつくことが国民の合意を得た目標になりました。

 日本の高度成長をリードした産業は、自動車、テレビなどの電気機器、コンピューターなどです。これらは、すでに先進国で開発されたものであったので、課題は、それらを効率よく生産することだけでした、それを実現した日本は、キャッチアップに成功しました。

 しかし、キャッチアップでは、追いつくことはできても、追い抜くことはできません。

 1980年代のアメリカでは、「日本に追い抜かされる」という危機感が広がりました。しかし、結局のところ、そうしたことは生じなかったのです。

 2018年のアメリカの一人あたりGDPは6万2,152ドルであり、日本の4万849ドルの1.5倍です。そして、格差は時間の経過とともにますます広がりつつあります。

 社会主義経済時代の中国においても、「先進国をモデルにしてそれに追いつく」という政策が試みられたことがあります。

 毛沢東が1958年から1961年の間に行った「大躍進政策」がそれです。農業と工業の大増産政策で、イギリスをモデルとし、追いつくことが目標とされました。そして、毛沢東は、15年以内にそれを実現すると宣言しました。

 しかし、これは無残な失敗に終わりました 。それは、計画経済の枠内で成長を実現しようとしたからです。

 1970年代末から行なわれた改革開放で、中国は計画経済を放棄し、市場経済の仕組みを導入しました。日本をモデルとし、それにキャッチアップすることが目標とされました。

 しかし、単なるキャッチアップであれば、いくつかの分野で世界の最先進国を追い抜くことにはならなかったでしょう。

 中国はある分野で、先進国を「飛び越え」て「先に行っている」という点が重要なのです。

 現在中国で起こっていることは、単なるキャッチアップでは捉えられないものを含んでいます。それは、「リープフロッグ」という概念を持ち出さないと理解できないものなのです。

◆中国は雁行形態論にも従っていない


 一橋大学の教授であった赤松要は、1935年の『我国羊毛工業品の貿易趨勢』のなかで、発展途上国はつぎのような過程を通じて発展すると論じました。
 
 近代化の最初の過程は、先進国から工業製品を輸入することから始まります。

 つぎに、それまでは輸入していた工業製品(とくに消費財)を国内生産化するプロセスが始まります、これは「輸入代替」と呼ばれるものです。ただし、この段階では、高度の工業製品や機械などの資本財は、輸入に頼らざるをえません。

 そして、消費財産業が輸出財産業へと成長します。

 この過程を時系列的にみると、輸入 >国内生産 >輸出 という経済活動が,その順序でちょうど雁が飛ぶように連なっていることから、これを「雁行形態」と名付けたのです。

 中国の場合も、衣服や玩具などの消費財が国内生産化され、輸出産業となっていきました。そして、消費財は、いまでも中国の主要な輸出品です。

 ただし、電子産業などの先端産業は、国内需要向けに輸入代替で発達したというよりは、最初から世界的水平分業の一環である輸出産業として発展しました。

 また、インターネット関連サービスやフィンテックなどは、輸出されているわけではありませんが、現在の中国の重要な産業になっています。

 こうしたことを考えると、中国の経済発展は、雁行形態論では捉えられない側面を多く持っています。

◆中国は「ルイス転換点」後も成長している


「ルイス転換点」とは、発展途上国が労働過剰状態から労働不足状態へ移行する点です。

 経済が工業化すると、農村部から都市部へ低賃金の余剰労働力が供給されます。しかし、工業化が進展すると、労働力の余剰が解消され、労働力不足に転じることになります。この転換点が「ルイスの転換点」です。

 これは、イギリスの経済学者、アーサー・ルイス(1979年のノーベル経済学賞受賞者)が提唱した概念です。

 日本は、1960年代後半頃にこの転換点に達したと言われます。

 中国も、工業化の初期の段階では、低賃金労働に依存し、それに成功して、中国は世界の工場となったのです。ただし、この過程だけであれば、成長には限度があったでしょう。

 ルイスが指摘するように、賃金が上がってくると成長は停滞してしまいます。

 中国では、労働力が過剰な状態はすでに過ぎたと思われ、賃金は上昇を続けています。

 しかし、ハイテク分野における成長は、そうしたことにもかかわらず成長を続けています。つまり、中国は「ルイス転換点」を克服したと考えられるのです。

 ルイス転換点は、「中所得国の罠」と言われる現象と同じものです。

「中所得国の罠」とは、発展途上国が一定段階にまで発展すると、成長が鈍化し、高所得国と呼ばれる水準には届かなくなる傾向です。2007年に世界銀行が『東アジアのルネッサンス』において用いた概念です。

 1人当たり所得が1万ドルに達したあたりで、こうした現象が見られると言われます。

 中国の一人当たりGDPは、2019年に1万276ドルとなりました。

 したがって、まさに「中所得国の罠」に達したわけです。

 しかし、今後も成長を続けるだろうと考えられています。

◆「周辺論」とは逆のことが起きている


 後発国が有利という「後発的利益」の考えとちょうど逆に、「後発国が不利」という考えもあります。

 プレビッシュは、1964年の国連報告書『開発のための新しい貿易政策をもとめて』において、高度に工業化された先進国を「中心」と捉え、開発途上国を「周辺」と捉えました。

 そして、自由貿易体制は「中心」にとっては有利だが、「周辺」にとっては不利であると論じたのです。

 この考えは、その後、「世界システム論」と言われるものに引き継がれています。

 これは、アメリカの社会学者・歴史学者、イマニュエル・ウォーラステインが提唱した考えです。

 周辺は、中央に対する原料・食料などの一次産品供給地として単一産業化されてしまうために、「低開発」状態に固定化されてしまうという考えです。

 これらは、「巨視的歴史理論」と呼ばれることもあります。

 すでに見たことから明らかなように、中国に関しては、周辺論的な考えは成立しないと言えるでしょう。

(連載第12回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。

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