観月_修正

小説 「観月 KANGETSU」#13 麻生幾

第13話
“オニマサ”(3)

★前回の話はこちら
※本連載は第13話です。最初から読む方はこちら。

 この2、3週間、誰かに尾けられている、見られているというその感覚と、昨夜、襲われかけたことを脳裡で重ね合わせた七海は、そのことに気づいた。

 ──私は……もしかして……ストーカーの被害に遭っている!?

 きっとそうだ、と七海は思った。

 明日、別府中央署に行くなら丁度いい。今朝言われた涼の忠告通りに被害届を出そう──。

 そう決めたら全身から力が沸いてくる思いとなった。

 七海は勢いよくカーテンを閉めた。

 そして、立ち上がっているパソコンにもう一度座り直し、両袖を力強く捲った七海は、プレゼンテーションの作成に意識を集中させた。

 だから、カーテンが閉まったそのすぐ後、車のエンジンが駆動し、ゆっくりと走り出したそれらの音に七海は気づくはずもなかった。

別府中央署
 捜査会議が終わったばかりで、まだ熱気に包まれている捜査本部に涼が走り込んできた。

 涼は、捜査事項の組み立てを行うデスク担当主任と話し込んでいる男の元に駆け込んだ。

 だが、涼は話しかけるのを遠慮した。二人が熱心に話し合っているからだ。

 涼の姿に気づいた男が涼を振り向いた。

「さっきん女性、明日の約束を取り付けました」

 涼が明るい表情で報告した。

「ごくろうさん」

 大分県警察本部の捜査第1課から、捜査本部の専従班に派遣されてきた、正木(まさき)警部補が労った。

 正木は、デスク担当主任にひと言告げてから、再び涼を振り返った。

「で、そん島津七海さんって女性は、お前さんのコレか?」

 机の端に腰を掛けた正木が小指を立ててみせた。

「まあ、そげな感じです」

 照れた顔で答えた涼の表情がすぐに一変した。

「あっ、そげな関係ん参考人、自分が調べ担当したら、しきたり上、マズイでしょうか?」

「余計なこたあ考えるな」

 正木は平然とした表情で続けた。

「オレはな、しきたり、慣習、前例、って奴に反吐がでる。要は、ホシ(犯人)、パクったらいいだけん話や」

「はい! 勉強になります!」

 涼がかしこまって言った。

「それも止めろ。普通でいい」

 正木が諭した。

「これ、自分のふつうなんです!」

 涼のその姿に正木は鼻で笑ったが、すぐにまだ真顔になって、目の前にあるパイプ椅子を顎をしゃくってみせた。

「こっから先は雑談や」

 正木がそう言ってから続けた。

「デスク担当主任もオレも見立ては同じだ。ガイシャ(被害者)ん夫、熊坂洋平がアリバイぅ口にせん以上、奴が犯人であるんな濃厚や」

「自分もそう思います」

 パイプ椅子に座りながら涼は大きく頷いて賛同した。

「しかし、決定的な証拠がねえ。それもこれも、熊坂ん鑑取捜査(かんどり・知人交友関係先捜査)担当しちょんオレたちん責任や」

「分かっています!」

涼が即答した。

「被害者の夫、熊坂洋平は、今日は帰した。だが、明日は勝負や。夫婦関係をもっと調ぶる」

 正木が力強く言った。

「わかりました」

 涼は目を見開いた。

「そん前に、ひち言、言うちょく」

 正木は涼の瞳を覗き込んだ。

「普通なら鑑取捜査班には、ベテラン捜査員を配置するところ、署はお前さん推挙した。やけん、オレは、お前さん経験不足ん若造やち思うち接せん。プロの刑事としちん成果ぅだせ。必ずや。ええな?」

「ありがとうございます!」

 涼は思わずその言葉が出た。

「オレはお前さんの教育係やねえど」

厳しい表情のまま正木が言った。

(続く)
★第14話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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