【連載】EXILEになれなくて #14|小林直己
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【連載】EXILEになれなくて #14|小林直己


第二幕 EXILEという夢の作り方


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九場 元旦のEXILEメンバー会議

 そんなRAG POUNDでの活動を経て、僕は2006年にEXPGに入り、2007年11月に二代目J Soul Brothersのメンバーになった。1年以上のインディーズでの活動と、全国をバス一台で回る「武者修行」と題したいわゆる「ドサ回り」にて経験を積み、2009年にEXILEに加入した。

 EXILEでは様々なツアーを経験してきた。加入した2009年にはアリーナ規模で「THE MONSTER」、2010年にスタジアム規模で「FANTASY」、2011年にはドーム規模で「TOWER OF WISH」を2本、2012年には三代目 J SOUL BROTHERSの初ツアーとなるアリーナツアー「0〜ZERO」を終えた。ツアーは、毎回が、来てくれた皆さんとの真剣勝負であり、そこで得た感覚というのは全ての活動の答えだということを知った。そして、ライブで得た感覚や発想を元に、新曲やMVなど、活動の方向性やアイデアが生まれてくる。加入後3年を過ぎると、自分なりにも経験を積み、EXILEとは、三代目 J SOUL BROTHERSとは、という具合に、グループを代表するような内容の言葉を、インタビューなどでも語る場面が増えていった。

 しかし、そんな自分の活動が、まだまだグループの傘の下にいると気付かされる出来事があった。2013年の年始のことである。

 毎年、年越しまで何らかの番組でのパフォーマンスがあり、それを終えるとようやく仕事納めだった。そして、なぜだか、その疲れ切った体を引きずり、元旦にLDHのジムでトレーニングすることで、次の1年が良い1年になる、という謎の願掛けが自分の中であり、そういった意味でも1年の計は元旦にあり、という感覚があった。

 そうして2012年を終え、年が明けた2013年元旦。 EXILEメンバーの提案で、メンバーだけが集まる会議が開かれた。なぜなら、2013年はリーダーであり、EXILEを生み出したHIROが、パフォーマーとして勇退する最後の年だからだ。その年は、勇退前の最後のツアー「EXILE PRIDE」が行われる。大黒柱であるHIROがパフォーマンスのステージから去る前に、メンバーそれぞれの考えている夢や、ビジョンを聞きたいというのだ。

 個人の夢を叶える場所がグループであり、その個人の夢がグループの力である。こういうLDHの発想から、HIROがいなくなる前に、お互いを応援し合える環境を作りたい、ということであった。今だからこそわかるが、何事もいなくなってからでは遅い。いなくなる前から、いなくなった後の準備をするということが、とても正しい判断なのだ。

 激務を終えた元旦であるにもかかわらず、会議では、一人一人が夢やビジョンを述べていく。大きな夢を語るメンバーや、事業のビジョンを語るメンバー。漠然としたアイデアや、自分なりのグループへの貢献を語るメンバー。それぞれが真剣で、まっすぐ未来を見つめながらの発言だった。

 自分の番が来た。「じゃあ、次は直己」「はい……そうですね……」。言葉に詰まる。全員の視線が自分に集まってくるのが肌でわかる。言葉が、出てこない。

 勘違いしないでほしい。僕は、昔から人に意見を求められるよりも先に、手を挙げて自ら意見を述べるタイプの人間だ。時にウザがられたり、面倒臭がられたりするくらい。いつも、ある意味、無駄にプランBやプランCを考えては、頭の中に広がった自分のアイデアに浸って楽しんでいる。叶えたい夢だって、たくさんある。自分自身についてもよく考える。自分にはできること、できないことがあるのをよくわかっている。だからこそ、できることを定めて頑張りたい。やるからには誰にも真似できないくらい、やり抜きたい。そう思っているのだ。

 しかし、その時、僕の口から出たのはこれだけだった。「今ここで、言葉にできるような夢やビジョンは、ありません」。

 熟慮した結果の発言だった。自分は、メンバーと肩を並べて、同じ席に座っている。その他のメンバーが一人一人、思いを述べていくのを、じっと聞いていた。命を削って歌を歌い続けるメンバー、恥も外聞も捨てて今の自分にできる形でグループに貢献したいというメンバー。それぞれが、己と向き合い、身を削りながらEXILEとして生きている。対して自分は?

 そんなメンバーに対して、正面から伝えられる夢を、僕は持っていなかった。
 
 ここ数ヶ月、漠然と感じていた自分の言葉の薄っぺらさの原因がわかった気がした。僕はずっと借り物の言葉を喋っていた。「Love, Dream, Happiness」「絶対、負けない」など、誰かが言った、EXILEらしい言葉を、僕はただロボットのように繰り返していただけだった。

 僕の言葉を聞いたHIROは、静かにこう言った。「直己の言ってる意味はわかるし、無理してすぐには見つけなくても良いと思う」。HIROの優しい声が続く。「でも、一つだけ言えるとしたら、直己は、もっとEXILEになった方がいいのかもね」。

 このHIROの言葉は、僕には「もっと覚悟を持った方がいいよ」と聞こえた。覚悟を持って望むことは、何かを選ぶということ。何かを選ぶことは、何かを捨てること。EXILEメンバーになったからと言って、自分がEXILEの何かを体現しているわけではないと感じていた。それを、HIROに見透かされたような気がした。自分が矢面に立って、批判を恐れずに何かを動かしたり、行動に責任を持って、痛みや喜びを引き受けたことが、僕には無かった。

 その日からというもの、「自分は何をもってEXILEを体現しているのか」というのが、一つの指針となった。また、他のEXILEメンバーにはできなくて、僕だけができること。そして、それで一番になれることを探すようになった。その後、そういった目線で目の前の物事を取捨選択していくようになる。

 僕はここで、EXILEというグループを持ち上げたいわけではない。ただ、僕が活動を続ける中で気付いたのは、EXILEとは、あくまで「生き方」のことである。僕はこの連載の中でも繰り返し述べていると思う。

 覚悟を決めた人生を送っている人は強い。そして、優しい。

 EXILEメンバーを見ていると、そう感じる。

 EXILEの一端に触れ、夢をもらい、EXILEの中に入るとその激流に揉まれ、そして、このタイミングで、EXILEを体現するという新たな壁に直面した僕が、この頃に歩んでいたもう一つの道が、三代目 J SOUL BROTHERSであった。

 今でこそ、三代目 J SOUL BROTHERSというと、7人の個性あるメンバーのイメージが出てくるようになったと思うが、当時、LDHではEXILEが活動の中心であり、続く弟分グループに対する具体的なイメージを持つ人なんて誰もいなかった。

 闇の中でもがいていた僕が、この三代目 J SOUL BROTHERSの活動を通して、その中空に浮かぶ可能性と呼ばれる形のないものを、手づかみでつかむような体験をすることになる。とにかく実践を繰り返す日々が続いていく。

(# 15 につづく)

■小林直己
千葉県出身。幼少の頃より音楽に触れ、17歳からダンスをはじめる。
現在では、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERSの2つのグループを兼任しながら、表現の幅を広げ、Netflixオリジナル映画『アースクエイクバード』に出演するなど、役者としても活動している。

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