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出口治明の歴史解説! 世界で一番デカい家に住んだのは誰だ?

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2019年11月のテーマは、マネー(お金)です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第4回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】江戸時代は平和がつづく“理想郷”で、みんな幸せだったのでしょうか?

 ちっとも幸せではなかったと思います。

 たしかに島原の乱(1637~1638)のあと、幕末までの230年ほどは大きな戦乱がありませんでした。しかし、戦争がなければ平和だとは言い切れません。

 平和というのは、死ぬリスク、怪我や病気のリスクが小さい状況のことをいいます。

 江戸時代には、大飢饉が3回起こりました。享保の大飢饉(1732)、天明の大飢饉(1782~1787)、天保の大飢饉(1833~1839)です。これに寛永の大飢饉(1642~1643)を加えて四大飢饉と呼ばれることもあります。

 たとえば天明の大飢饉では、全国で100万人ほどが死んだと推計されています。当時の人口は3000万人前後ですから、現在でいえば、400万人ほどが死ぬようなものです。太平洋戦争で亡くなった人が約310万人ですから、1回の飢饉でそれ以上の死者が出たということです。

 江戸時代が不幸だったのは、大飢饉だけが原因ではありません。政策も問題だらけでした。日本の歴代政権を比較すると、徳川幕府は最低だったというのが僕の持論です。

 最大の失政は、やはり鎖国です。「人間は交易によって豊かになる」という基本原則に反した政策は、思いっきり経済の足を引っ張りました。しかも鎖国の間に、産業革命と国民国家(ネーションステート)という人類の2大イノベーションが起こるという不運も重なり、日本は欧米列強に大きく立ち遅れてしまいました。

 数字で示しましょう。日本のGDPは、1700年前後には世界シェアの4%程度を占めていたと推計されています。鎖国直後の五代将軍綱吉(在位1680~1709)の頃ですね。

 現在、GDP(購売力平価ベース)で世界第4位の日本の世界シェアは約4%です。つまり、1700年頃の日本は、現在と同じぐらいの経済大国でした。

 日本のGDPがこれほどまでに拡大したのは16世紀のことです。大きな理由として、石見銀山という世界屈指の銀山があったこと(当時の世界通貨は銀でした)、織田信長が南蛮貿易を奨励するなど交易が盛んだったことなどが挙げられます。

 ところが、江戸末期になると、日本のGDPの世界シェアは2%程度と半減以下に落ち込みます。これは200年にわたる鎖国の影響です。交易がない状況では、外国の物品が入ってこないだけではなく、知恵も入ってきません。

 人々の生活も豊かになるはずはありません。目安の1つとなるのは、平均身長と平均体重です。

 日本の歴史で、最も平均身長と平均体重の数値が高いのは、現代の私たちです。反対に、最も低いのは江戸末期でした。男性でおよそ身長155センチ、体重50キログラム。外国人の目に「小人の国」と映っても不思議ではありません。戦国時代などのほうが、体格はよかったのです。

 それほど貧弱な体格になったのは、鎖国で経済が停滞したことに加え、人々を土地に縛りつけたことが主な原因でした。当時の日本は封建制ですから、約300の大名領からなる連邦国家でした。お隣の藩でも外国のようなものですから、気軽に引っ越すことはできません。重税など、藩の政策に嫌気が差したからといって逃げ出せない。これはかなり不自由な状況です。

 また、移動の自由がなければ通婚範囲も自ずと限られますから、近親婚が増えます。これも、体格が貧弱になった理由の1つです。遠いところで育ったオスとメスの間にできた子が逞しいのは、人間に限った話ではありません。“移動の自由”がないことは、生物の原理原則に反しています。

 僕がもし江戸時代に生まれていたら、相当に苦しい生活を強いられただろうと想像します。将軍家に生まれたら幸せかもしれませんが、90%ぐらいの確率で農民の子に生まれます。よそに引っ越すこともできず、外国の物品や文化に触れることもなく、大飢饉に見舞われたら死んでしまう。まっぴら御免ですね。「幸せな時代」かどうかは、自分がその時代に生まれ変わりたいかどうかで考えると分かりやすいと思います。


【質問2】世界で一番大きな家に住んだのは誰ですか?

 大きな家というのは、“権力の見える化”です。歴史上の権力者たちは、これでもかというほどデカい家を造らせました。

 たとえば、フランス王のルイ14世(在位1643~1715)が建てたヴェルサイユ宮殿。現在の宮殿と庭園を合わせた敷地面積は1,070ヘクタールで、東京ドームの227個分。もとは離宮だったそうですが、歩いて見てまわるだけでもくたびれる広大さです。

 しかも、フランス革命(1789)で縮小される前は、約10倍の広さがあったというから驚きです。その建設プロジェクトでは、宮殿に2万5,000人、噴水庭園に3万6,000人もが投入されたという記録が残っています。途方もないですね。

 アジアでいえば、明の永楽帝(在位1402~1424)が建設した紫禁城。もとは大元ウルス(モンゴル帝国)の初代皇帝クビライ(在位1260~1294)が大都(現在の北京市)に建設した宮殿跡でした。永楽帝は1406年から建設を始め、1421年に南京から北京へ都を遷したあと自らの宮殿としました。

 広さは、東京ドーム約15個分の72.5ヘクタール。この世界最大の木造建築群は、ご承知のとおり、現在は故宮博物院になっています。

 “権力の見える化”は宮殿だけではありません。死んだあとに入る墓も、デカければデカいほど生前の権力を示します。

 大きなお墓といえば、先ずピラミッド。古代エジプトのクフ王(在位紀元前2589~2566)の墳墓とされるキザのピラミッドが代表です。完成時の高さは146.6メートルもあったというのですから、日本で最初の超高層ビルとして知られる霞が関ビルとほぼ同じ高さです。

 中国なら、西安市にある秦始皇帝陵。発見されたのが1974年ですから、最近まで文字通り歴史に埋もれていました。この陵を取り巻く兵馬俑坑には、武士俑が約8,000体、陶馬が約600体、戦車が100台あまり埋まっていました。

 日本も負けてはいません。世界遺産に登録された大阪府堺市の百舌鳥古墳群があります。なかでも、国内最大の前方後円墳として知られる大仙陵古墳。「大山(だいせん)古墳」は昔学校で「仁徳天皇陵」と教わった人もたくさんいるでしょう。しかし、誰のお墓であるかはまだわかっていません。仁徳天皇とは時代が異なりますし、そもそも仁徳天皇が実在したこと自体も確認されてはいないのです。

 大仙陵古墳は最大長840メートル、最大幅654メートルというデカさです。そこに眠るのはよほど強大な権力を握った人物だろうと想像が働きます。しかし「実はそれほどではなかったかも」と思えるフシもあります。あの大きさが“見た目重視”の結果だとすれば、です。

 秦始皇帝陵のように、中国のお墓は地下がとてつもなく広大で豪華です。始皇帝の遺体が置かれた場所には「水銀の川や海が造られた」と『史記』は伝えています。どれだけの人手とおカネをかけたことか。地上部分は、氷山の一角のようなもので、地下の遺体安置所とその周辺に多大のコストをかけるのです。

 ところが、大仙陵古墳をはじめとする日本のデカいお墓は、地下部分にあまりコストをかけていません。地上は豪華だけれど、地下は意外と貧弱。中国と比べたら、そうなります。

 これはもしかすると、中国や朝鮮からの使節に見せるためのものだったのかもしれません。百舌鳥古墳群は当時の大阪湾の海岸線のすぐ近くにあります。大陸から船でやってきた使節は、ヤマトに入る前に、まず海上からあの巨大な古墳群を眺めてびっくりします。「あんなに地上部分がデカい墓なら、地下はどれだけ広くて豪勢なことか」と自国の墳墓を思い浮かべて、勝手に想像してくれるのです。

 小国の日本は、中国や朝鮮に負けない大国だと見てもらいたかった。第1回でご紹介したように、和同開珎などの皇朝十二銭は「うちにもちゃんと通貨がありまっせ」と示すための“見せ金”でした。それと同じで、大国と対等に付き合ってもらうために背伸びしてみせたのかもしれません。純粋な“権力の見える化”でなく、ハッタリであんなデカいお墓を造ったのなら、それはそれで古代の日本人がなかなかの知恵者だった証拠でしょう。

(連載第4回)
★第5回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。また、読者の皆さんに出口さんに聞いてみたい歴史の質問を募集しています。「マネー」「リーダー」「食べ物」「親子関係」をテーマにした歴史の質問をどんどんお寄せください。「#出口さんに聞きたい歴史」をつけてnoteに投稿していただくか、mbd@es.bunshun.co.jpまでメールでお送りください。




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