中野信子様

中野信子「脳と美意識」 即身仏

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※本連載は第2回です。最初から読む方はこちら。

 ロボティクスや拡張現実を駆使してイマージュの可能性を探求するフランス人アーティスト、ジュスティーヌ・エマールと知り合う機会があり、しばらく前から親しくしている。ジュスティーヌは英語を流暢に話すけれど、私がフランス語を忘れないようにしたくてフランス人と見るとフランス語を使うようにしているので、それに付き合ってフランス語で話してくれる。適切な表現がわからないときは私の足りないところを補ってくれるし、気を遣って手加減してゆっくり話すということもないのでとても気楽に話すことができる。話の内容も、考えていることも面白くて、彼女といるとずっと昔からの友人のような感じがして楽しい。

 今月、彼女が森美術館の展示「未来と芸術展」(2019.11.19-2020.03.29)に出展者として来日するというので、会おうという話になった。ただ会って食べたり飲んだりするだけではもったいないので、声を掛け合って都合をつけ、科博(国立科学博物館)で開かれているミイラ展を観に行くことにした。

 彼女は池上高志・石黒浩・森山未來の各氏らと共に、2017年に《Reborn 生まれ変わる》というビデオインスタレーションを発表している。生と死の問題を直接扱っているのではなく、アルターエゴとしての人工物に出会った時、人はどうなるのか、というテーマの追求で、新しい自分の誕生、というのがこの作品の主眼であった。ただ、彼女も理系女子的なところが多分にあり、ミイラという存在そのものや、こうした葬送の様式には元々興味があったようだった。

 展示の中で特に私たち二人が強い印象を受けたのは、第一会場の最後に展示されていた福島県浅川町の貫秀寺で普段は拝観することができる弘智法印宥貞の即身仏だった。

 朱色を基調としたきらびやかな法衣を纏った宥貞が放つ、異様なまでの輝きに圧倒された。生命を終えてなお、見る者にただならぬ気迫を伝える姿は、ただそこに鎮座する仏の佇まいというよりは、衆生救済のために我が身を燃やし続けようとする修行者のそれであるように感じられた。

 私が彼の来歴について説明すると、ジュスティーヌは息を呑んで、フクシマ……と呟いた(弘智法印宥貞が入定したのは福島県浅川町)。もちろん原発事故とは何ら直接の関連のない人物だが、それだけ福島という場所が、海外から見るとインパクトを持つ土地であるのだということを改めて感じた。

 弘智法印宥貞は出雲国に生まれた、戦国時代末期から江戸初期の人である。青年期に諸国行脚の旅に出て、出羽三山の奥の院である湯殿山に立ち寄った際、衆生救済のための捨身成仏の風習に触れ、非常に大きな影響を受けたという。

 のちに移り住んだ地(現在の福島県浅川町)では村人のために加持祈祷をして過ごし、人々に慕われたという。しかし、村でひとたび悪疫が流行すると、人々を救済しようと疫病治癒を祈願し、我が身を薬師如来と成さしめんという決意のもと、入定したと伝えられている。

 即身仏について、ジュスティーヌは初めてその風習を知ったらしく、大きな衝撃を受けていたようだった。日本人としてごく表層的にではあっても知識を持っていた私ですら、かなりの動揺を感じるほどの力強さがあったので、それまで何も知らなかったのならなおさら、その印象は強く鮮烈であっただろうと思う。

 3000年を一気に旅したね……と見終わった後の心地よい脱力感の中で感想を伝え合った。この長い長い時間の旅を、遠く離れたフランスと日本の人間が数時間でできるというのも科学の力だね、などと芸術と科学のこと、これからの人間のこと、ポストヒューマンの問題についても語り合い、何とも言えない充実した感覚を味わった。

(連載第2回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週金曜日に配信します。


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