この東京のかたち

新国立競技場が「おとなしい」理由 門井慶喜「この東京のかたち」#4

★前回の話はこちら。
※本連載は第4回です。最初から読む方はこちら。

 新しい国立競技場が完成しました。一般むけの開場イベントはあした(12月21日)だそうですが、私はたまたま用事があり、完成直前に向かいの「三井ガーデンホテル神宮外苑の杜プレミア」に泊まったので、ひとあし早く、競技場の建物をいろいろな角度から眺めることができました。

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 何しろホテルの屋上テラスから見おろした、客室から見た、もちろん地上からも仰ぎ見た。大型ビジョンにちらちらと何かが映っているのが見えたのは、一種の試運転だったのでしょう。やっぱり新築の家(まあ家のようなものでしょう)は心がはずむ。すみません、嘘をつきました。ほんとうは「たまたま用事が」でも何でもなく、これを見るために泊まったんです。カメラマンにも来てもらいました。

 子供みたいな興奮が一段落すると、デザインに関しては、

 ――おとなしい。

 という気がしました。脳裡にザハ・ハディドによる初案の残像があったからです。そう。何年か前、お金がかかりすぎるという理由でわれわれ日本国民に文句をつけられ、そのあおりで「カブトガニ」だの「自転車のヘルメット」だのと流れ弾ぎみの酷評を受けたあのデザインの残像が。実際、私は、ザハ物件の実物を韓国で見ています。ソウルの「東大門デザインプラザ」です。

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 東大門デザインプラザ 

 その存在を教えてくれたのは、作家の万城目学さんでした。韓国にのこる近代建築を見てまわるという「オール讀物」誌の対談企画で現地へ飛んだとき、平成26年(2014)築、つまり近代建築ではなく現代建築であるにもかかわらず「ぜひ見ましょう」と誘ってくださった。見てみると、それは何というか、建物というよりは巨大な前衛芸術という感じでした。鉄製のクジラを徹底的に紙やすりで磨いたような、その腹にクラインの壺の穴をぶちこんだような……対談記事は同誌2018年4月号、5月号に掲載されましたから、ご興味ある向きはバックナンバーを探していただければと思いますが(当該物件は前編つまり4月号のほうです)、とにかく私がそれを見た時点でもう日本では国立競技場のザハ案は撤回されていました。

 ザハ本人も亡くなっていた。正直、

 ――これが、代々木に来ていたら。

 惜しい気持ちがありました。私がこのたび国立競技場の完成をまのあたりにして「おとなしい」という感想を得たのは、ひとつには、こういう背景があったようです。

 でも、いまさら惜しんでも始まらない。家は完成したのだし、開場イベントはあしたなのです。だいたい総工費を約半分にきりつめた上わずか36か月で完成した建物が前衛芸術になるはずがない。さいわい、この新しい競技場は「杜のスタジアム」を称しているとか。

 杜というのは森ですね。その建物のあるところが明治神宮外苑という緑ゆたかなスポーツ公園のなかであることを意識した、少し気のきいた文句ですが(そういえば泊まったホテルの名前にも「杜」の字がありました)、事実、この競技場は、内装外装はふんだんに国産木材をもちいています。

 座席の色が白、黄、茶など五色のモザイク状になっているのも(これも隙間から見えました)、木漏れ日になぞらえたということです。

 考えてみれば、明治神宮というのは、文字どおり明治天皇ご夫妻のたましいを祀る神社でした。創建はだから大正期です。外苑も緑が多いけれど、より社殿に近いほうの内苑はもっと多い。まさしく森そのもの。そこまで意識したのだとしたら、この「杜のスタジアム」は、つまりは歴史の引用の産物ということになる。

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 お金を節約しなければならないとか、工期が短いとかいう消極的な理由ではなく、もっと積極的な姿勢において、前衛よりも伝統をえらんだことになる。クラシックである以上「おとなしい」のは当然なわけで、今後の改修も、この線で進められることが望ましいでしょう。たまたま地名も「代々木」ですし、この建物で今後さまざまなスポーツがおこなわれ、たくさんの新記録が「樹立」されたなら、それもまた土地の霊への供物になります。

(連載第4回)
★第5回を読む。

 門井慶喜(かどい・よしのぶ)
1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。08年『人形の部屋』、09年『パラドックス実践』で日本推理作家協会賞候補、15年『東京帝大叡古教授』、16年『家康、江戸を建てる』で直木賞候補になる。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。その他の著書に『定価のない本』『新選組の料理人』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』『注文の多い美術館 美術探偵・神永美有』『こちら警視庁美術犯罪捜査班』『かまさん』『シュンスケ!』など。
2020年2月、東京駅を建てた建築家・辰野金吾をモデルに、江戸から東京へと移り変わる首都の姿を描いた小説『東京、はじまる(仮)』を刊行予定。



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