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出口治明の歴史解説! 『キングダム』をもっと面白く読むために

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年1月のテーマは、「リーダー」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第11回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】以前の連載で、秦の始皇帝について触れていましたね。いま大人気の漫画『キングダム』を私も好きなのですが、始皇帝のどこがすごいのか、他の英雄と何が違うのかを教えてください。

『キングダム』は僕も大好きですよ。あの作品には中国の戦国時代の秦の第31代王、嬴政(BC259~210)が描かれていますね。彼がのちの始皇帝です。
 
 始皇帝のすごさは、あの広大な中国を一つにまとめるグランドデザインを描いたことです。エリートが文書行政で全土を支配する中央集権国家です。加えて、そもそもこれが「中国だぞ」という、大まかな範囲を定めた人物だと思います。僕の見るところ始皇帝の生み出したシステムは、ヨーロッパと比べると2000年ぐらい早かったように思います。

 なにしろ中国は、広いだけではなくいろんな文化を持った民族が住んでいます。それらの地域は独自の国を作り、始皇帝が秦帝国を建国するまではバラバラに発展し、競い合っていました。それらを打倒し、統一を成し遂げた始皇帝は、強固な中央集権国家を確立しようと考えたのです。郡県制を設け、優秀な官僚をつかって、いまでいう文書行政を進めようとしたのです。文書を使えば、どの地域でも均一な政治を行うことが可能になりますからね。

 さらには、全国に文書行政を行き渡らせるために文字も統一しました。それまでの大篆(だいてん)を簡略化した小篆(しようてん)という文字です。これによって文字を学びやすくなったのです。
 
 始皇帝が描いた枠組みは、現在の中国にもそのまま活かされていると思います。その象徴は、中国には標準時が1つしかないことです。いわゆる北京時間ですね。中国は南北に約5500キロ、東西に約5200キロもあるのに、どこであろうと北京の時間に統一されている。同じぐらいの面積を持つアメリカには、本土だけで4つのタイムゾーンがあり、中国より狭いブラジルには同じく3つのタイムゾーンがあって、国内にも時差が存在する。そのことを考えると、いかに中央集権的であるかがわかるでしょう。

 これには、皇帝は時空の両方を支配する存在であるという考え方を理解する必要があります。暦や標準時で時間を支配し、軍事力や官僚組織(法)で空間を支配するのです。それがこの世のすべてを支配することにつながるのです。
 
 それから度量衡を統一して商業単位の統一をなし遂げました。車輪の幅を一定にしたことも大変重要です。同じ道を同じ車輪の幅の車が次々と通れば、そこに轍ができます。その轍は踏み固められスムーズに動けるようになる。人やモノ、さらには情報が移動するスピードが格段に速くなるわけです。いまでいう高速道路網や通信網を作ったことになります。これは、紀元前5世紀に「王の道」を建造したアカイメネス朝ペルシャ帝国のダレイオス1世大王に匹敵する偉業です。始皇帝の発想力は、世界史のなかでもグランドデザイナーとして傑出しています。

 しかも、彼自身はめちゃくちゃ働きました。いまでも部下に命令するだけで自分は汗をかかない上司がたくさんいますが、それとは大違い。僕は、始皇帝のことを「中国の三大ワーカホリッカー」の1人と呼んでいます。あとの2人は、北宋の第2代皇帝だった太宗(939~997)と、清の第5代皇帝だった雍正帝(1678~1735)です。

 リーダーが最も働くのは、グローバル基準から見て当然のことです。

 そんな不世出のリーダーである始皇帝も、悪く言われることがあります。実は残虐であったとか、本当は秦の王子ではなく、権勢を振るった元商人の宰相・呂不韋の隠し子だったとか、いろいろな形で貶められています。

 それは、司馬遷の『史記』をはじめとして、西漢(前漢)の第7代皇帝だった武帝(BC156~87)の時代に歴史がまとめられたからだと思います。

「秦皇漢武」という言葉があるように、武帝はやたらと始皇帝をライバル視していたようです。だから、「自分のほうが偉いんやぞ」と始皇帝の悪口を言いふらしたわけです。源氏の時代に成立した『平家物語』が平清盛を悪く描くのと同じです。

 そういう歴史的な背景を理解したうえで、『キングダム』を読んでみてください。さらに言えば、始皇帝などの活躍も描かれた歴史書『史記』もぜひ紐解いてみてください。漫画で流れをつかんでいれば、きっと面白く読めるはずです。

【質問2】リーダーの地位を追われ、それでもしぶとく生き延びた歴史上の人物はいるでしょうか?

 奈落の底へ突き落とされたようでも、しっかりとそして飄々と生き延びた元リーダーは星の数ほどいますよ。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公である明智光秀が一時期仕えた足利義昭(1537~1597)は、その典型じゃないでしょうか。
 
 足利義昭は、1568年に室町幕府の第15代将軍に就任しながらも、織田信長(1534~1582)に京都から追放され、備後国の鞆(いまの広島県福山市)に下向しました。室町幕府はその事実をもって終わったことになります。ところが、彼はその地でしぶとく生き抜きました。むしろ、自分を追放した信長の方が先に死んでしまったのです。光秀との関係から、義昭が光秀を支援して信長を討ったという陰謀論を唱える研究者もいるようですが、果たしてどうでしょうか。陰謀論が好きな人は呉座勇一さんの「陰謀の日本中世史」を読んでみてください。

 豊臣秀吉(1537~1598)が権力の座につくと、義昭は山城国の宇治にある槙島に1万石の領地をもらい、秀吉の話し相手などを務める御伽衆の1人になりました。将軍から御伽衆といえば、えらく転落した印象ですが、義昭には自分の運命を受け入れる強さがあったのだと思います。「もう、足利将軍家の時代やないな。自分も幕府再興とか、いろいろもがいてみたけれど無理やった」と割り切っていたのではないでしょうか。
 
『三国志』でお馴染みの劉備(161~223)の息子も、似たような境遇を味わいました。蜀の第2代皇帝だった劉禅(207~271)です。

 劉備は病気で死ぬとき、諸葛孔明(181~234)に「うちの息子に才能がなかったら、お前が国を治めたらええで」と話したところ、孔明はあくまで劉禅を補佐すると約束しました。自分が君主の地位を奪うのではなく、あくまで丞相として政務を執ったのです。

 孔明は劉備の遺志を継ぎ、魏を攻めますが、これは無謀な戦いでした(北伐)。一時的に勝つことはあっても、魏は面積でも蜀漢の4倍以上の大きさの大帝国なので、結局のところ貧しい蜀は負けてどんどん弱っていくだけだったのです。

 中国研究者の中村愿さんの『三國志逍遥』という面白い本があります。この本の中で、もし当時の蜀で国民投票を実施したら孔明はリコールされただろう、という意味のことが書かれています。それぐらい無意味な戦いで蜀の兵士たちはたくさん死んでいったのです。そもそも、孔明も本気で魏に勝てるとは考えておらず、歴史に名を残すために北伐を進めたフシがあるのです。
 
 孔明の死後、蜀は魏に攻められて、劉禅はあっさりと降伏し、蜀は滅亡します(263)。

 劉禅は家臣とともに、魏の都である洛陽へ移されました。蜀の皇帝として処刑されるどころか、1万戸の領地までもらって優遇されます。それは魏の実力者だった司馬昭のアイディアで、三国のうちでまだ残っている呉に「劉禅を見てみぃ。悪いようにはせえへんから、降伏したほうがええで」というメッセージを与えるためでした。
 
 劉禅はある宴会で司馬昭に「蜀が恋しくありませんか?」と尋ねられ、「いえいえ、ここでの生活は楽しくて、蜀を思い出すことはありません」と答えて一同を唖然とさせた、という逸話があります。洛陽は大都会だし、美味しいご飯は腹いっぱい食べられるし、何の不自由もない、というわけです。
 
 劉禅の返事を聞いた魏の重臣たちは、「こんなアホが大将じゃ、孔明がいくら頑張ってもあかんわ」と呆れたそうです。これは“どうしようもない人物”という意味のことわざ「扶不起的阿斗」の由来となったエピソードで、「阿斗」は劉禅の幼名です。
 
 暗愚の代表のような扱いですが、そういう運命だと諦めて隠居し、生きながらえるのも、それはそれで1つの人生観でしょう。劉禅があっさり降伏したことで、長い戦争による疲弊から蜀は解放されました。見方によっては戦争ばかりしていた孔明よりも民衆のために国を亡ぼす決断ができた君主だと考えることもできます。

 日本では、負けるとなれば華々しく散るリーダーが好まれるようですが、無駄にもがき続けて犠牲を払っても仕方がない、と矛を収めるのもリーダーのあり方の一つです。

(連載第11回)
★第12回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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