森功

経産省の「今井チルドレン」 / 森功

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 GDP600兆円にしろ、年率2%の物価上昇にしろ、これまで官邸主導で打ち出してきた政策に実現性があるのかどうか、甚だ疑わしいが、私自身、何度も書いてきたように、突き詰めれば、官邸官僚たちの目的はそこではない。彼らの命題は、できる限り長く政権を守ることにあり、そのために内閣支持率を一定以上に保っておく必要があると考えている。

 わけても安倍政権の広報マンを自任している政務秘書官の今井尚哉は、内閣の政策PRに躍起になってきた。2018年春にインタビューしたとき、自信満々にこう語った。

「総理官邸では経産省から来る事務秘書官が広報担当になるので、僕はもともと第1次政権のときからそこにかかわってきました。その流れで第2次政権が発足して政務秘書官になってから、総理の重要スピーチを書いてきたわけです。それは勘所が難しいので(他の)事務秘書官が用意してくれたものは、はっきり言って大して役に立たない。15年に発表した戦後70年首相談話とか、ああいうテーマはやっぱり僕の仕事になる。全体としてこういうメッセージ、演出をしましょうという話になると、どうしても僕が出ざるを得ないのです」

 文字どおり、安倍政権におけるイメージ戦略の中心が今井である。逆に政権のイメージが落ちれば、そこに対処してきた。しかし、今井一人がその任を果たしてきたわけではない。その一人が佐伯耕三である。

 兵庫県の灘中、灘高から東大に進んで1998年に経産省入りした佐伯は、今井の秘蔵子として知られる。佐伯はいわば「今井チルドレン」の筆頭格だ。

 当人は第1次安倍政権でも今井秘書官の補佐役として官邸入りした。とうぜんのごとく第2次政権でも、内閣参事官という立場で側近として今井をサポートしてきた。15年の安保法制審議や戦後70年首相談話のときもそうだが、経産内閣と称される安倍政権では、今井が目をかけた後輩官僚たちが官邸内で幅を利かせてきた。

 17年にはモリカケ問題が勃発し、7月の定期人事で経済産業省出身の宗像直子が広報担当の首相事務秘書官から退任する。代って同じ経産省の佐伯が首相の事務秘書官というポストに就いたのである。局長や主要課長などを経て就任することが多いなか、42歳という史上最年少の事務秘書官抜擢だった。

 その異例の出世は、むろん今井の声がかりであり、18年のインタビューでも滅多に他人を褒めない今井がこうべた褒めした。

「総理の演出そのものは僕がやらなければならない部分はありますけど、まあ、基本的に僕は広報の仕事から足を抜きつつあるし、これまでも少しずつ佐伯君に任せてきました。彼の(スピーチ原稿)はテンポがいいでしょう」

 そしてモリカケ問題という最大のピンチに直面した第2次安倍政権は18年7月、慌てて通常国会を閉じた。するとメディアの内閣支持率は軒並み40%割れし、なかには20%台まで落ち込んだ。その原因は、誰も信じないような話を平然と繰り返してきた財務省や国交省などの関係官僚たちの国会答弁にあった。半面、見方を変えれば、最後まで無理を貫かせた圧力が政権の命根をつなぎとめたともいえる。

 いわば佐伯はそんな政権親衛隊の先兵であり、モリカケ国会では秘書官の立場で野党に野次を飛ばして顰蹙を買った。おまけに霞が関では「PMメモ」なる官邸指示が話題になったこともある。PMとは繰り返すまでもなくPrime Ministerの頭文字をとった略称で、モリカケ国会の際、首相の指示として関係官僚のところにまわってきたメモだ。

 森友学園の国有地不当値引き疑惑については、財務省の決裁文書の改ざんが明るみに出て国会を揺らした。もとはといえば、それは首相自身の「私や妻が土地取引にかかわっていれば、総理も国会議員も辞める」と言い張った国会答弁が原因で、責任者だった佐川宣寿元理財局長がその首相答弁の矛盾に無理やり合わせるかのように、国会でもシラを切り通した。話題になったPMメモは、国会で答弁する他の官僚に対し「佐川を見習え」という指示だったとされる。くだんのインタビューでは今井にその件を問うてみた。

「政務秘書官である僕は国会に出ませんから(PMメモによる指示は)ありえませんが、国会当日の朝、全秘書官を集め、あがった答弁を総理の前で打ち合わせをします。だいたい2時間、『ちょっとこれはあいまいだな』とか『これ詰められたらこの資料をつけておいたほうがいいね』とか、『もっと真正面から言わなきゃ駄目だよ』とかアドバイスする。で、(PMメモの件について)『誰だ、これは』と問いただしたこともありますが、秘書官の中にはいませんでした。仮に佐伯君がそうなら、国会のTV中継にメモを渡す姿が映っているからすぐにわかりますよ。だからPMメモなんて存在しなかったんです」

 その話を受け、複数の政府関係者に改めて確認してみた。そのうちの1人は「国会の最中に手渡されたわけではなく、休憩中にまわってきたもの。間違いありません」と証言してくれた。が、今となっては官邸の指示は藪の中というほかない。

 今井チルドレンの筆頭である佐伯秘書官はいまや今井を介さず、首相とダイレクトに話をしているという。(敬称略)

(連載第6回)
★第7回を読む。

■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。
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