中野信子様

クラフトとアート#2 / 中野信子「脳と美意識」

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 古来、日本ではモノに魂が宿ると考えられてきた。モノというのは、単なる物理的な存在ではなく、人との関係の中で魂を持った人格として機能し得るという見方である。こうした人格的な側面は例えば「付喪神」と呼ばれ長い年月を経た道具に神や精霊などが宿るとして、そこに仮想的な人格を設定して扱うという伝統も存在した。この付喪神は荒ぶれば禍をもたらし、和ぎれば幸をもたらすとされた。成立は室町時代であると考えられているようだが、中世に生きた日本人はこうした、モノに宿る力を強く意識していたらしい。

 現代日本人の中にもこの感覚が残っているようでもある。いわゆる「刀剣女子」に代表されるような、古美術品に仮想的な人格を想定してそれを愛でたり推尊したりするという人たちが出現したりするという現象が近年も見られ非常に興味深い。擬人化の伝統は長く日本の文化に根ざしたものなのだろうと感じてしまう。

 翻ってモノをつくる側に目を向けてみると、職人の技術の高さやこだわりにはやはり瞠目させられるものがあり、たしかにその技能は世界を驚かせる水準の重みと存在感を持っている。

 ただ、こうしたものが世界的に受け入れられるかといえば、うまく伝わらずに「これはアートでなくてクラフトですよね」という扱いになってしまう場合も少なくない。

 アートとクラフトの違いとはなんなのかをしみじみと考えたくもなる。西洋の伝統としては、考える仕事がより高次のものとされてきたという歴史がある。手を動かしてものをつくるというのは工房の職人がやることであり、考える仕事ではない、という暗黙の理解があった。

 しかしこの構図が確かなのであれば、モノづくりの力を重視してきたわけではなかった西洋の歴史的な価値観に、人間のモノをつくる力とは物凄いものだ、というリアルを突きつけることができる可能性を持っているのは日本の面白さであると位置づけられる。

 私が師事している東京藝大の長谷川祐子教授も折に触れておっしゃるが、コンセプチュアルなところがどれだけしっかりしていたとしても、やはりエステティックに欠ける部分があっては作品として成立しない。いずれにしても、日本の工芸的な要素を持った作品群には、エステティックな良さそのものが際立っており、メタ的にコンセプチュアルになっている、というものがある。

 世界初の工学部は実に東京大学工学部であるということを多くの人は知らないかもしれない(工部大学校が東京帝国大学と合併した)。工学が大学で教えられるものであるという発想が西洋にはなかったのだが、日本がはじめてそれをやったのである。いまやfaculty of engineeringやinstitute of technologyも世界に山のようにあるが、その先鞭をつけたというのは文明史的に面白いことで、もっと評価されていいのではないか。

 アート文脈においても日本の工芸的な要素について同じことががもっとやれればいいのにと思うことがしばしばある。岡本太郎氏以降、日本でも、コンセプチュアルな部分をアートにおいて重視する見方は強かったのだが、それはそれで近年の歴史的な資産として尊重しつつも、新しい流れを期待したい。いまようやく超絶技巧系の作り手が脚光を浴びつつあるという話も耳にする。伝統工芸から現代美術まで、時間さえあればいろいろな作品をつまみ食いのように見るようにしているが、まさにとんでもない超絶技巧を持つアーティストも中にはいる。コンセプトなど吹き飛んでしまうような、それだけで力のある作品も出てきている。

 付喪神のつくもとは九十九と表記されることもあり、元来は「つつも(次百)」であったという。古語で、何かに足りないことを意味する「つつ」と、百を意味する「も」で、「百に一足りない(次が百の)数」を表したのである。付喪神は百年を経た古物につくという。百年後に残るモノはクラフトなのかアートなのか、超絶技巧的作品なのか、コンセプチュアルな要素の強い創作なのか、時の流れが証明してくれるのを見てみたいものだと思う。

(連載第5回)
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中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。
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