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辻田真佐憲

1930年代以来の「非常時バブル」とどう向き合うか|辻田真佐憲

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※本連載は第9回です。最初から読む方はこちら。

 今日は、近年例を見ない「非常時バブル」である。

 これまで「非常時」といえば、1930年代だった。国立国会図書館のデジタルコレクションで「非常時」と検索すると、1930年代の2865件がやはり際立っている。ところが昨今では、2000年代の1286件、2010年代以降の3450件と、過去の数字が塗り替えられつつある。

 ちなみに、同じように「国難」で検索すると、1930年代は571件。2000年代は111件にすぎないものの、2010年代以降は578件にやはり急増する(いずれも2020年3月3日時点の数字)。

 もちろん、近年の文献ほどデジタル化されており、検索で引っかかりやすいということもあるだろう。ただ、「天皇」や「戦争」といった言葉では、ここまではっきりとした傾向は見られない。

 実際、「非常時」や「国難」の用例は増えている。東日本大震災が起こり、計画停電などで非常時ムードが生まれたのは2011年のことであるし、北朝鮮のミサイル実験などを背景に、安倍首相が衆院解散を「国難突破解散」と命名したのは2017年のことであった。

 そして、ここへ来て、新型コロナウィルスによる感染症の拡大である。さっそく、「非常時だから、政権批判は止めて、一致団結しなければならない」という主張まで現れてきた。2020年代は、これまでになく「非常時」や「国難」が使われる時代になるかもしれない。

 いうまでもなく、このような傾向は好ましくない。刺激的な言葉の氾濫は、ひとびとの思考を麻痺させてしまう。「非常時だから仕方ない、国難だから仕方ない」。その果てにあったのは、1945年の敗戦だった。

「建国以来食うか食われるかの一大難局に直面して、私欲に溺れ醜い争いに没頭するのをやめましょう。愚痴や争いや論議で国家が栄えたためしはありません。国民は等しく天皇陛下の赤子なることを肝に銘じて、一致団結して事に当たりましょう」

 これは、1943年にリリースされた講演レコード「防諜とは」の書き起こしだが、少し言葉を変えれば、今日そのまま使われそうだ。

 このような精神論が悲惨な結果をもたらすというのは、歴史の教訓である。たとえ非日常であっても、言論の自由は捨ててはならないし、政権の問題点は指摘されなければならない。

 ――と、ここまではありふれた「戦前回帰」の懸念にすぎない。歴史の教訓という点で、もう少し議論を進めたい。

 最近では、安倍首相が小中高校の休校要請に際して、専門家の意見を聴取せず、側近の進言に頼ったなどと報道されたため、一部で「専門家の意見に耳を傾けよ」という力強い合唱が起きている。

 もとより専門家の意見は大切なのだが、とはいえ、果たしてそれだけでいいのだろうか。というのも、専門家の意見に唯々諾々と従えばいいわけではない、というのもまた、歴史の教訓だからである。

 日本の陸海軍は、戦前にあって、軍事や戦争にかんする最大の専門家集団であり、シンクタンクであった。にもかかわらず、その軍令部門の結論が、多少の異論はあったにせよ、「日米開戦やむなし」だった。そして、開戦を懸念する昭和天皇や近衛文麿などの「素人」は、それに押し切られてしまった。その結果はいうまでもない。

 非日常的な状態にあっては、多種多様な意見を踏まえて、総合的な判断を下す政治家や、それを補佐する行政官の役割も重要である。安倍政権周りがあまりに杜撰なので、この点が軽視されすぎているのではないだろうか。危機とは、専門家の意見を右から左に実行するだけで、かならずしも解決されるわけではない。

 あえて付け加えれば、「水も漏らさぬほど完璧ではないが、しかし、現状ではこれくらいが妥当ではないか」という判断を下すためには、これも今日あまり評判がよくないけれども、会食などを通じて、作家や評論家、ジャーナリストから意見を聞くことがあってもよいだろう。もちろん、その質は担保されなければならないが。

 このように、歴史の教訓はさまざまに引き出せる。ワンパターンに陥らないように、常に思考実験を繰り返しておかなければならない。

 もしこれを怠れば、しばしば「戦前回帰」や「日本スゴイ」というキーワードで語られることがそうであるように、歴史のなかから都合のいい部分だけをつまみ上げて、「お決まりの結論」を飾り立てるだけのお遊びに堕してしまうだろう。

 良薬口に苦しという。歴史の教訓もまた同じである。「非常時バブル」だからこそ、「これをやれば解決」のような単純な思考に陥らないように心がけたい。

(連載第9回)
★第10回を読む。

■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。


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